称えれば讃えるほど貶めることになる。
称えれば讃えるほどに遠ざかる。

貶めれば蔑めるほどに讃えることになる。
貶めれば蔑めるほどに遠ざかる。


この仕組み…
わかっててやったのかなぁ?
やらせたのかなぁ?

うはっ!
術であり呪だよねぇ。

そもそもの仕組みがシンプルだから、
術や呪もシンプルなのね。
なるほどねぇ。
仕組みを理解しきってるから、ソレをひねれるんだもんねぇ。

でも、
捻れると知ってしまったら、捻れると気づいてしまったら…
やってみたくなる気持ちは理解できます。
わたしもそれ系だから。

どこまで影響出ることを想定して捻ったんだろ?
パンドラの箱。
開けてみなけりゃわからない。
箱は開けるためにある。


まっすぐなら捻ってみたくもなる。
捻れてたらまっすぐに戻してみたくなる。

善悪という思想・捉え方も発明であり術であり呪。
その呪縛から外れてみるとわかるこの気持ち悪さ。この不健全さ。

あべこべですね。
マヂで。


そもそも、
わたしは善とか悪とかはかなりどーでもよくて、好奇心しかないのでしょう。
とても単純なつくり。
とても単純なハタラキ。


まっすぐなら〝これ曲げられるんじゃね?〟と疑い実行しますし。
曲がってれば〝これまっすぐになるんじゃね?〟と疑い実行しますし。


最近、これってただの〝ハタラキ〟でしかないんじゃないかなぁとおもえてて。

上向いてたら下にする。
下向いてたら上にする。
塞がってたは開く。
開いてたら塞ぐ。
そういう類のハタラキ。

そういう類のハタラキだからこそ、わたしは反応してしまってたのではないかしら?
蔓延してる〝あべこべ〟に対して。

あべこべが無視されてるのが気持ち悪かった。
あべこべを無視できてるのが不思議でならなかった。


時代の折り返し地点寄り(拡大と縮小)にくると、このハタラキが顕れるのでしょうかねぇ?
それがわたしみたいなノリなのではないかしらなどと。

陰が陽になる。
陽が陰になる。
凸が凹になる。
凹が凸になる。
善玉菌優勢から悪玉菌優勢になる。
悪玉菌優勢から善玉菌優勢になる。
アルカリ性寄りから酸性寄りになる。
酸性寄りからアルカリ性寄りになる。

ぐれんとひっくり返る。
ぐれんとひっくり返るときのハタラキ。

そのハタラキがいまどんどん顕れてる?
そんなタイミング?
そしてわたしもそのハタラキを顕わしてる?
そんなイメージ。


時代の最先端!パイオニア!
そんなカッコいい的なノリじゃなくて。

もっとなんてゆーか、本能的なノリ。
性衝動とかとそんなに変わらない。
とてもシンプル(単純・単細胞)なハタラキ。

ひっくり返す。
あべこべだから。

ただ単純にこの2つにのキーワードに反応して行動してる…そんなイメージ。


だから、
何をひっくり返すのか。
何があべこべなのか。

ココは人それぞれになってしまってる?

外側をひっくり返そうとしてる?
外側で衝動を発揮させてる?

ひっくり返すのは内側。
衝動を発揮させるのは内側への方向。

いまのベクトル←を内側→へと反転するためにこの衝動を発揮すると、このとてつもないパワーで容易にぐれんとひっくり返る。

このとてつもないパワーを外側方向でさらに発揮したら…壊れますやねぇ。


壊れるパターンとひっくり返る(反転)パターン。
どちらも同じハタラキの裏表。
発揮した方向が←か→かだけの違い。
わたし的にはそこに善も悪もない。

今回は破壊orひっくり返る。
この衝動を外側に向けて発揮したか、内側に向けて発揮したか。


破壊してみないと気づけないことがある。
壊してみて、壊されてみて、
気づけることがある。

破壊はネガティヴな現象だが悪ではない。
破壊を悪と捉えることも悪じゃない。
悪などないと捉えることも悪じゃない。



誰も悪くない。
わたしも悪くない。

やはりわたしはこの世界観が好き。
この世界観が楽チンで気分がいい。


昨日、
久しぶりにニュースを観ました。
そこにはネガティヴに映る内容が多く流れていましたが、そのどこにも〝悪〟はなかった。

先週末、久しぶりに夜通しやってるテレビの一部を観ました。
そこにはポジティブに映る内容が多く流れていましたが、そのどこにも〝善〟はなかった。


うん。
わたしはすっかり頭がおかしくなったようだ。

わたしの頭がおかしい。
でも、そう自覚しそれを許容してからの方がわたしは楽チンで気分よく過ごせている。

だからわたしは頭がおかしくていい。
その方がいい♪