260日サイクルは残り13日。
これを終えると、また新たな260日の旅がはじまるんですねぇ。
ウェイブスペル黄色い星の13日間。
今回の旅の総仕上げですね。
きっちり仕上げて、最終決算して、
次の旅に出かけましょう。うん。
さて、
憑き物が落ちたようにスッキリしています。
祖父の代からわたしは人神だった…
そんな気すらしています。
露骨ですねぇ。
やっと10年間の旅が終わりました。
次の旅は人神としての旅になります。
そして、
これからは旅に出っぱなしではなく、
幼子にとっての母親のような〝還る場所(母艦)〟がある旅。
10年前のように、
先のみえない中でのスタートではなく。
去年のわたしのように、
不安と恐怖と混乱を抱えて飛び出す旅ではなく。
これからの旅は、
宇宙のリズム(波)に乗っかってく旅。
波乗りなんですねぇ。
還る場所とは〝わたしの中〟です。
ここには宇宙の根源やらありとあらゆる神々やら色んな存在がおります。
わたしは〝全て〟を携えている。
わたしは〝わたし〟で在り、
わたしは〝神(神性・仏性)〟でも在り、
わたしは〝全て〟でも在る。
わたしは〝一〟であり、
わたしは〝全〟でもある。
色んな人が色んな形(スタイル)で〝このこと〟を伝えてきていました。
外側ではなく、己の内側に神は在る。
外側ではなく、己の内側に全ては在る。
こーゆーことが腑に落ちました。
そしてむかーしむかーしから、
わたしはこのことを識っていました。
そのことを思い出しました。
簡単なこと、シンプルなこと。
それを難しく、難解に捉えていたのはわたし。
あの世、この世、人間とは?
これらの仕組みがわかってしまうことを覚醒と呼んでいいんだとわたしはおもえています。
このわかってしまうこと…は、
腑に落ちる。
そして〝このことを識ってるわたし〟がすでにわたしの中に在ったことを思い出すことかと。
仕組みがわかると、
随分とラクになれますからねぇ。
自分を縛ってるものを1つ1つ解いていくことで、視野が広がりモノゴトを俯瞰で捉えることができるようになり、
その結果、
シンプルな構造であることに気づく、思い出す…んでしょうねぇ。
自分自身を解き続けてきたことで、
仕組みをしることで、
緊張が解け視野が広がり、
〝わたしとは何か?〟という問いへの解答も得られやすくなります。
わたしはわたしで在り、
わたしは神でも在る。
パッとみ荒唐無稽なこの概念も、
むかーしむかーしから色んな人が伝えてきてたことです。
神道も仏教も伝えてますもんね。
仕組みをしったことで、
仕組みを思い出せたことで、
捉え方が変わります。
神道や仏教や釈迦牟尼らが伝えてきたことの本質部分が、自分の中にも在ることに気がつきました。
いまのわたしは、神道や仏教らが伝えてることの大部分には興味が持てません。
今のわたしには本質部分だけで十分なんですねぇ。
今のわたしには、本質以外の部分を骸と認識してしまうからです。
その骸を崇め奉るのはエネルギーの無駄使いと捉えてしまう。
そもそも崇め奉るって行為がエネルギーの無駄使いだとすらおもえています。
持ち上げる、担ぎ上げると、
地から足が浮きます。
グラウディングできません。
持ち上げたソレは、担ぎ上げてるソレは、わたし自身でも在る。
このことを識ってしまうと、自らで自らを切り離していたことに気づきます。
崇め奉ることで、自分自身の〝神性・仏性〟を切り離して遠くにやってしまっていたことを。
アレはわたしではない。
そうおもうようになってしまっていたことを。
横並び。
上も下もない。
神も人も横並び。
そもそも、神と人はセット。
人から神部分を切り離して捉えるから不足を感じて〝求める〟。
内側に求めればすぐ気づけるのに、
ソレは外側に在る!とのアナウンスを受け、一生懸命外側で自分探しをして疲弊しきる。絶望。
で、
その絶望が自分の内側に注目するチャンスとなるわけですが。
これらの捉え方は〝わたしの場合は〟ということです。
他の方には他の方のスタイルが在りますし、在って当然です。
なんのためにココきたのか?
わたしは何者なのか?
この世とは?あの世とは?
幼い頃からわたしはこの事が気になって仕方がありませんでした。
45歳のいま、
それらの疑問が解けてスッキリ爽快です。
わたしは〝わたしのやりにきたことをやっているんだなぁ〟という実感もあります。
それは充足感。満足感。
それが至福。
基本(ベース)が至福。
息を吸って吐いてしてるだけで至福。
何かをしようとしなくても、
ただ息を吸って吐いてしているだけでも、宇宙全体からその在り方を許容されきっている。
これが自己信頼、自己受容。
1人でいても、わたしはひとりぼっちじゃない。
わたしは全体の中の一部。
という実感。安心感。至福。
不足や欠乏を感じなくなりました。
焦りや不安や恐怖が遠のきました。
この感覚はどんどん深まっていくのでしょう。
楽しみでなりません。