自分でも〝頭のおかしいこと〟とおもえてることを晒すのってやっぱり恥ずかしいんですょ。
〝スマートでかっこいいオトナなわたし〟に対しての憧れがまだありますのでね。
でも、
そんな憧れはどんどん薄くなってはいます。
おそらく他者からの要求を取り込んで創られた憧れだったんでしょうねぇ。
そして、
そんなことに気づけたのも、恥ずかしくても晒してみたという体験から得た実感ですからねぇ。
恥ずかしくても晒す。
そう決めた時のわたしには知覚できなかった効果が現れていますね。
想定外な部分が〝わたしの中の宇宙規模な部分〟ですし、
想定内という限界を超えられるのが〝わたしの中の宇宙規模な部分を許容する〟という在り方ですからねぇ。
それの1番簡単で早い方向が
〝わたしは宇宙そのものである〟という在り方。
頭おかしいですね(笑)
でも、
これはやってみてるからわかることなんですが、マクロなわたしで在った方がやっぱりラクですよ。
特に制限を認知すること。
制限を外すこと、にとても有効ですよね。
自分を宇宙そのものであると自覚認識するなんて荒唐無稽だと最初はおもってたんですょ。
宇宙人や宇宙のヨメでも人という枠は超えられない。
ヒトという枠すら超えてみることで気づけることって絶対ある!
もう確信でしたね。
そして、そのことにフォーカスするたびにワクワクが湧きまくり。
恥ずかしさに圧されてる場合じゃないなぁと。
ぢつは、
そんな恥ずかしいことをウェブ上で発信してることにも意図があります。
恥ずかしいことなら独り言としてこっそり1人で呟いてればいいじゃない…と思うわたしもいたんです。
それでもわざわざウェブ上で発信したのか?
誰かにみてもらいたいとか、
誰かに知らせたいとか、
そんなかっこいい話じゃなくて。
ウェブ発信での〝送り出し効果〟を実感しちゃってるからなんですよねぇ。
想いを発信する。
望みを発信する。
欲を発信する。
どこへ?
〝内面世界〟と〝宇宙〟への二箇所。
他者に向けてじゃないんです。
想いや思考を書き出すことへのフォーカス。
想いや思考を電波に乗せるという行動。
電波に乗ったものを改めて読む(電波として再取り込み)という行動。
意図して〝波〟を使ってみています。
これは以前はツイッターでやってきたことの進化版。
自分の思考回路を俯瞰して認識するためにツィッターで可能な限り晒してみていました。
思考、想いの吐き出し作業。
そんな中でウェブ上での発信の効用・効果をなんとなく知覚しました。
ならば意図して使ってみたら楽しそうだと。
とはいえ、
その頃にはすでにわたしの頭の中はもう随分と常識外な内容を検証してみてる最中でして。
こんな恥ずかしい内容、人様にバカにされそうな内容を晒すのは怖いし嫌だったんですが…
発信を促進するリアルがあれこれと注がれまくり、恥ずかしさより好奇心が勝るようになったので、こんな恥ずかしい内容を自分のために発信するようになっまのです。
わたしがわたしのために発信しています。
なので、
お褒めの言葉を素直に受け取れないわたしがいました。
褒められると恥ずかしい。
やだー 褒めないでーっ!
そんなんじゃないのよー!
そんな風に捉えてました(笑)
やっとその捉え方も随分と頭の悪い捉え方だったんだなあと気づけました。
いま反省しています。
全ては受け取った側の出来事で、
発信した側に賞罰を求めたらおかしいんだってこと。歪むんだってこと。
自由と可能性の拡大拡張を歓びとしてるわたしがなにやっちゃってたんやら…と、反省しきり。やっと気がつけた。やっと腑に落ちきれた。
それはわたしの中にあった〝わたしが悪い〟〝わたしの責任〟と捉えてしまう思考回路が原因でした。
これはもー要らないですね。
こんな簡単でシンプルな世の仕組みを複雑怪奇に仕立てるのはこの思考回路でしたもん。
外してみたらよくわかる。
外してみるまでは外せないと思ってた。
外すそうとするなんて頭おかしいと思ってた。
でも
わたしはわたしの好奇心に抗えきれない。
いまはそんなわたしを許せている。
だから外した。
そして気づいた。
やっぱりこの世もあの世もシンプルなのだ、と。
深刻はもう要らないや。
外していいんだ♪
問題ももう要らない。
外してしまおう♪
そんなことに気づけたのも、
恥ずかしくても晒してみたから。
恥ずかくてたまらないことほど、晒してきたから。
怖くて仕方ないことほど、晒してきたから。
恥ずかしいと捉える思考回路。
怖いと捉える思考回路。
それがなんであるかを知るには、
それを凝視する必要がある。
隠していては凝視できない。
恥ずかしさで躊躇するより、やりたいことをやりたい。
怖さで萎縮しちゃうより、やりたくないことをやらないをやりたい。
自分でも〝頭がおかしい〟とおもえる部分を恥ずかくても怖くても晒してきた。
そうしたことで、わたしはわたしが何であるのかを思い出せた。
わたしは自由と可能性の拡大・拡張を体験実感することが歓びの存在。
わたしは宇宙そのものであり、
わたしは宇宙人であり、
わたしは宇宙のヨメである。
わたしはわたしをフル発揮するために必要な能力を全て備えてココにきている。
わたしはわたしをフル発揮するためにココにいる。
思い出してしまえば、
うん。それしかなかったよねぇ…と腑に落ちる内容で。
2月8日の新月からブログスタートして、
8月8日の今日で半年なんですね。
変える!変えきる!
変えきった世界を体験したい!
そんなポジティブな想いよりも、
恐怖不安心配の方が多かった日々でした。
どーなっちゃうの?
本当に変えられるの?
本当に大丈夫なの?
ちゃんとお勤めしてお金稼いだ方がいいんじゃないの?
内側の変容は凄まじいのに、
リアルはなかなか変わらない。
なんでなの?わたしが悪いのよね?
わたしのどこが悪いの?
早くリアルを変えたい!
どーしたらいいの!?
なんですぐに変えてくれないの!?
そんな風に捉えてた日々でした。
○内側の変化が外側に反映されるのには時間がかかる。
○お試し期間。
わたしはそんな概念を取り込んでました。
やっとそこを疑えました。
疑っちゃいました♪
疑ったら気づけました。
いや、わたし即レスされてるし。
宇宙が反映に時間がかかる程度の能力しか持ってないとは到底思えない。
絶対的にイマに相応しいものだけを注いでる。
なんてことない。
誰にもわたしの世界の創造力に制限はかけられない。
制限をかけているのも、制限をかけられるのもわたしだけ。
そう、
わたしに関する全ては、
わたしだけが原因。
わたしの思考回路、思考グセがリアルとして注がれているだけ。
それを体験実感したいま、
わたしは宇宙そのものであることを許容する必要性を感じました。
もう地球レベルの在り方じゃ腑に落とせない。
地球でどう生活するかを深く認識実感するために〝宇宙そのものの視点〟がわたしには必要なのだと気づきました。
宇宙視点。
ここには恐怖不安がありません。
勇気と活力と好奇心が満ち満ちてます。
わたしの大好きなものばかりで満たされています。
わたしの宇宙だからでしょうね(笑)
わたしの雛形は宇宙にある。
わたしが宇宙であることに気づくこと。
それで宇宙規模のライフスタイルを創造することになるんですねぇ。
どーなっちゃうんだろ。
超楽しみ♪ 超超楽しみ♪
ヒャッホー!