1人で居るのにこんなに嬉しくて楽しくて幸せでいていいんだろうか?
満月以降、そんな日が続いています。
そこで気がつきました。
ああ、1人で居ていいんだ、と心底思えました。
なので1人で居ることを自分に許すことができました。
いつまでも独身
全てを打ち明けられる友がいない
信頼しきれる他者がいない
こういったことを罪悪視してた自分も許せました。
わたしの人間不信は「自分不信」が由来でした。
他者が悪かったわけではありません。
誰かが、何かが悪かったわけではありません。
自分自身を許容できなかったわたしが全ての起因です。
1人でいて寂しくない。
1人でいて連体感を感じる。
それは、わたしが「全体的なわたしの一部である」ことを理解実感できたから味わえる感覚なのでしょうかねぇ。
《わたしの内側には宇宙が展開されていて、数多の存在がそこに在る。そしてその全ては〝わたし〟である。》
この理解がわたしに新しい世界観、宇宙観を齎しました。
1人ぼっちで居ることを許したら、
自分が〝1人ぼっち〟で存在していないことに気づけました。
そうしたら1人ぼっちで居ることが楽しくなりました。
そのうち嬉しさがどんどこ湧きあがるようになりました。
ニヤニヤや笑いや独り言を抑えるのがどんどん大変になってきました(笑)
1人ぼっちでいながら仲間と歓談してる感じになのです。
いろんな想いや感情や閃きや思いつきがどんどこ湧きあがる、わたしはそれに返答したり意見したり笑ったり泣いたりしているのです。
うん。
あぶないヒトですよね。
こーゆーヒトには近づかない方がいいと思いますよ。
わたしなら近づきませんもん。
ただね、
わたしは超幸せなんですよ。
超嬉しくて、超楽しくて、超幸せなんです。
こんなのはじめてなんですよ。
こんなにリラックスできて楽しくて嬉しくて幸せなのははじめてなんです。
だからね、
近づいてくれなくて結構なんだ、と想うんです。
わざわざ近づいてきて「あんたキモい、やめなそれ」って言われてもわたしもうこの生き方やめられませんもん。
万人がキモいと捉えようと、わたしが楽しくて嬉しくて幸せで気分がよければそっちを優先しますもん。
いまのわたしは「自分を1番大切にしていい」と思えていますしね。
だからやめたくないですし。
やめる気になれないですし。
嬉しくて楽しくて幸せなんだから。
こんなに気分いいこといままでなかったんだから。
少なくとも飽きるまではやりますし。
それでね、
ああ、これが〝棲みわけ〟ってやつなんだなぁと気づいたんです。
海と陸で棲み分ける。
川と湖で棲み分ける。
3次元と5次元で棲み分ける。
5次元の話を知ったときはちっともピンとこなかったんですが「ああ、こういうことなのか!」と腑に落ちたんです。
自分自身を許せてるヒト達と、
自分自身を許せないヒト達とは
同じ階層(レイヤード)にいることができない。
波動の違いでこうなるんでしょうけど。
区分は自分自身を許しきれているか否か。
ここが線引きなんですねぇ。
なるほどね、確かにその通りだろね。
自分自身を許せたわたしは、その区分が適切であると想えるようになってました。
なので、
これからは実践です。
本当にそうなのかを実践してみます。
ああ、本当にそうだった。と想う未来がくるかどうか。
それはわたしが決めることではありません。
そこは委ねる部分。宇宙のお仕事。
わたしの仕事じゃないからねぇ。
自分の役割や仕事がわかってきたら、余計な執着にエネルギー使わなくてすむようになって疲弊しなくなりました。
わたしがなんであるかを知ることができると、いろんな点でラクになれました。
ラクになれすぎて、なんであんなに大変だったのかが思い出せなくなりつつあります。
慣れってこわいw
嬉しく!
楽しく!
幸せ!
面白い!
マヂですかっ!
最近はこれが口癖です。
こればっかり口からでてきます。
他者に嫌われることを自分自身に許したら、自分が大好きになりました。
そして他人を許せるようになりました。
絡まってたものが1つ1つ解けていくことを実感しています。
嬉しいなぁ。