とあるリアルが注がれて、
急に不安と恐怖に包まれました。

注がれたリアルで「お金の欠乏」にフォーカスしてしまったからでして。
過去の経験から「どわぁー!」と不安と恐怖が湧きあがり、あっという間に全身を包み込みました。

症状としては…
胸がしめつけられる、
胃が痛い、
視野が狭くなる、など。

とにかく怖くて不安。
怖い怖い!嫌だ嫌だ!


いまはパニックにはならず、
あー
不安と恐怖に包まれちゃったわねぇ。
と、冷静に判断できるわたしがいます。

怖くてもいい。
不安になってもいい。

ただ、その状態を長くは続けない。
速やかに「大安心」の境地へ誘導する。

そんな作業ができるようになれました。


不安と恐怖に襲われている状態はパニック状態なので、その状態で「どうにかしよう」などの思考をするだけ時間のムダなのだということがわかっているということと、

不安と恐怖に襲われてる状態の振動数でいる時間を少しでも短くすることも心掛けています。

怖がってるわたし
不安になってるわたし
これらを認め許容すること。
共感すること。
(怖がってるのは主に身体だから)

そして内側に潜って、孤独じゃないことを実感すること。
一人ぼっちで生活してるんじゃないということを実感すること。

内側に潜り、内宇宙を実感すると安心できます。
ああ、大丈夫なんだとホッとできます。


久々に襲われた不安と恐怖。
でも、いまのわたしはスムーズにわたしを整えることができるようになっていた。

不安と恐怖に襲われてもいい。
不安と恐怖に襲われても大丈夫。

これはとても心強いことです。

わたしの内側にはわたしを丸ごと許容する存在しかいません。
これはとても心強い。

わたしは内側でわたしを整えて、
再び地球生活に挑戦する勇気が湧きます。

ほんと幼児にとっての母親のような役割なんですね、内宇宙ってのは。

小さな恐怖や不安なら、勇気の方が先立ちます。

でも恐怖や不安で覆われてしまうほどになるとパニックになります。

そのパニックを収めることができるのが、わたしのことを丸ごと許容してくれる存在です。

幼児の頃はそれは母親でした。
外側世界と母親の間を行ったり来たりして外側世界を広げていきました。

その後、大人や自立という概念に翻弄され、パニックになってる自分を隠してごまかして過ごしてきていました。

ごまかすから他人のせいにしてしまう。
隠すから何かのせいにしてしまう。

わたしは悪くない!
わたしは間違っていない!
そう捉えるから他者や何かが悪者になってしまう。

ああ、
わたしはパニックになってるんだ。
わたしは混乱しているんだ。

そう認識し、それを許容した時から
わたしは少しずつ緩んでいきました。

緊張が緩和されていくほどに、
わたしはわたしを許せるようになりました。

パニックになっててもいい。
混乱しててもいい。
ダメな大人でもいい。
自立してなくてもいい。
頑張らなくていい。

少しずつ許していって、
その許しを少しずつ受け容れていって、
その度に緩んでいって、
1日の中でどんどん安心していられる時間が増えていきました。

半年前にはすでに許せるようにはなれていましたが、1日の半分近くはまだ自分を責めていました。

半年後のいま、
1日のほとんどが安心していられています。

わたしはすでに随分と変わっていたんですねぇ。
久しぶりに強い不安と恐怖に襲われてみて、そのことに気づけました。

強い不安と恐怖に襲われても、
スムーズに自分を整えることも上手にできるようになれていて、そこも我ながら感心しました(笑)

恐怖症状態だった時は、寝ている時間以外は不安と恐怖に襲われていました。

あの時から比べたら物凄い変化しちゃってたんですねぇ、わたしは。

そのことに気づいて、
自画自賛して幸せ感を満喫していました。

不安と恐怖に襲われてることが悪いことではなく、不安と恐怖に襲われてる状態から離れる術を持っているか、その術を使いこなせているかどうかの方が重要なんですねぇ。

わたしはそのスタイルを選びませんでしたが、薬で恐怖症状態から離れるというスタイルもありますね。

離れようとしてきちんと離れることが大切なんですね。
思考癖が離れられなくしていますから。

薬でその思考癖を強制切断するスタイルと、思考癖があることを自覚認識し許容することによって緊張を解してその状態から動けるようにしていくスタイル。

どっちがよくてどっちが悪いという話しじゃなく。


ずっと謎だった精神の病の根本が、
マインドのわたしの癒着だったということを実感できたのは嬉しかったです。
あんなに苦しかったけれど、その理由、仕組みがわかればそれだけで今までの苦労が全て報われるわたし。

わたしの知的好奇心は捨て身だよなぁ…
目的のためなら手段は一切選んでない…
それだけの器を用意してきてるとはいえ…
んもう。