睡眠中の「インナーワールド内交流」の情報が、寝ていても結構知覚しているようで…
そのせいかなんとなく寝不足感が。


生き方のノリが変わってしまったというか、
在り方が変わってしまったというか。


あの世(内面世界、内宇宙、インナーワールド)の存在を認め、受け容れ、許容しきってしまったら、あの世は「わたし」になってしまった。

わたしの中の「あの世」部分が、自分の中にあの世が在ることを受け容れていなかったいままでのわたしと統合されてゆく。

うーん。
面白い。

「あの世」を自分とは全然関係ないどっか遠くの出来事、的に捉えてたわたしが居たことに、今さら気づいてウケた。

あの世はわたしの中側に在る。
この世はわたしの外側に在る。

この世は内側の顕れ。
それ以上でもそれ以下でもない。

いままでのわたしは、
その顕れにフォーカスし、
その顕れをコントロールしようとしてきた。

だからつらくて大変だったんだね。
顕れでしかないものを操作しようだなんて、対症療法でしかないもん。

本質がどこにもない。
宇宙的秩序も感じづらい。
それゆえに疑問や謎がバンバン湧き、葛藤と矛盾で苦しんだのだねぇ。

やっとその仕組み(カラクリ)に気づけた。
わたしは仕組み気づき、受け容れ、許容しきり、腑に落とし、理解し、、、

その仕組みを使って遊ぶことにした。
「人生そのもの」を遊びに使う。

「この世に遊びにきた」という表現をする人たちって、この事言ってるじゃないかなぁと想えてる。

仕組み、カラクリが腑に落ちると、
コレ使って遊んでみたくなりますもの。
コレ使って遊んだら楽しいだろうなぁと思いましたもの、わたし。


むかーし
悟ったら絶望してしまい自殺したっていう男性思想家がいたそうですが、わたしはその結論を不思議に思っていました。

運命が決まってることを知ってしまって絶望した…?
決まってることを知ると絶望するんですねぇ。
わたしはむしろワクワクしましたけどねぇ。

うーん。
時代ですかね?
それとも個性ですかね?

だって決まってることを知ったって、体験はしてませんからねぇ。
だからわたしは疑います。本当なのか?
体験至上主義。


仕組みやカラクリを知った。
それだけじゃ腹は膨らまない。
理解や知覚、認識だけじゃ腹は膨らまない。

ソレを体感、体験してみなきゃソレを語る意味がない、ソレを語る資格がない…
そんな風にわたしは捉えてしまう。


病気についてどんなに研究してたって、
その病気を体験してる人が語る言葉に比べるとあまりにも軽すぎる。
上滑り感満載。


体験、体感まで落とし込んだものだけが「本物」だという認識。
机上の空論は屁よりも軽い。

昔からわたしにはそういう風に捉えてしまう癖があり、こういうところがリアリストだなぁと思える。
(地の属性の強さが発揮されてますねぇ)


やってない奴が語る内容にはなんの魅力も感じない。

やってる奴は語らなくてもその在り方に魅了されてしまう。


「はるちゃん、使用期限が切れた薬は服用しちゃダメだよ、危ないから。」

『なんでさ?』

「俺の親父が言ってたから本当だよ!」

『なに!君の体験からの話じゃないのかよ!?』

「俺の親父は製薬会社に勤めてるんだ!」

『親父の話を丸呑みした君が、それをわたしに押しつけようとしてるってことなのね。』

「え!?だって親父は製薬会社勤務…」

『わたしは君の親父を知らん。
知らん人間の話なんて興味ない。
友達の友達はあかの他人。
友達の家族もあかの他人。

君が期限切れの薬のんで痛い目にあったって話じゃないんだろ?』

「俺は生まれてこの方、期限切れの薬を飲んだことはないよ。」

『やったことない奴がわたしにダメだなんて強要するなよなー。
君の話だから聞いたのに、君が痛い目みたって話ならまだ聞けるけど他人の知識なんてまるでどーでもいいことだよ。

わたしが自分で痛い目みるまでは期限切れの薬を飲むことに抵抗は湧かないんだろうな。(お薬ゴックン)』

「なんで!?」

『わたしが納得できるのは己の「体験」からしかないからねぇ。
いくら他者が知識を振りかざしても、自分の持論や言動を変える根拠にはなりえないもの。

顔も人柄も知らない製薬会社勤務の君の親父さんより、わたしはわたしの感覚や信念を優先するんだよ。』



そう。
そもそもわたしは、誰がなんと言おうと概ねどーでもよかったのよねぇ。

そもそもわたしは、わたしの中身が納得できなきゃ動けない。

側からみたら、わたしは「わたしのやりたいようにしか動いてない人」と映っていたのかもしれない。


わたしは「頭」と「それ以外」で常に葛藤してた。
常に言い争いをしてた。

「常識的で在れ、一般的で在れ」と望む頭と「やりたいようにしか動きたくない」それ以外。

わたしの内側ではものすごい葛藤と言い争いで心身ともに疲弊しきっていたのだけれど…
はたからみたら「やりたいようにしか動いてない人」でしかなかったのかも。


んー?
今頃そんな風に思えだした。

なんとなくわたしには「犠牲者、被害者気取り」な部分があったのだけども…

んー?

いつでも、どんな時でも、
わたしはかなり一貫して「やりたいようにしか動いてない奴」だったのではないだろか?

あっれー?
なのになんで被害者感?
なのになんで犠牲者感?

あっれー???
んー???