締め切りを守らなきゃ、ってのも恐怖なのか。

母はただ怖かったんだね。
締め切り直前なのにちっとも動こうとしないわたしをみてイライラして怒りをぶつけてきたけれど、ソレの根底には恐怖があったんだね。

その恐怖自体に蓋をして発酵させてるから、締め切りを守ろうとしないわたしに対しての恐怖が苛立ち→怒りになっちゃったんだわね。


先日、青色申告作業をなかなかやらないわたしに母は苛立ち、わたしにその苛立ちをぶつけてきました。

苛立ちをぶつけられ反射的にわたしも母にぶつけました。
「自分にはできないという事実を認めろ、諦めろ」とぶつけていました。


母はもともとなんでも器用にこなしお勉強もスポーツもよくできた優等生タイプ。家業の青色申告もずっと母がやってました。


母が小脳出血で倒れて以来、何かに集中して取り組むとその後は目眩がひどくなるという現象が起こっています。
その為、母は「のほほんと無責任に生きること」を強いられています。(笑)

わたしからするとお気楽な身分なのに、当人はとても不満です。責任を求められない環境に不満を感じてるのです。罪悪感も満載のようです。
役に立ちたい、役に立っていないと人間じゃない。そんな思考回路を母は持っていました。


6年半かけてじわじわと「のほほんと生きること」を受け容れてはきていますが、やはり優等生の自分を諦めきることはまだまだ難しいようです。


青色申告作業をしようとしないわたしに母は苛立ちをぶつけこういました。
「やらないならやらないでいいからそう言って!わたしがやるから!」

それに対して反射で出たわたしの言葉が「自分にはできないという事実を認めろ、諦めろ」でした。
口からポンっと出た言葉です。


じつはこれ、わたしがわたしに言った言葉なんだなぁということが、その20分後に気づきました(笑)


青色申告作業をやりたいと思ってるわたしがいたのですが、作業できなかったのはわたしの中の「変なところで完璧主義なわたし」でした。

やるからにはキッチリやりたいのだっ!というわたし。
でも、その為の準備は一切しないという妙な完璧主義。事務系のことをしようとする時になぜかよく出てくるこの妙な完璧主義のわたし。


これが出てくると「やりたいわたし」「やりたくないわたし」「完璧主義なわたし」の三つ巴になってフリーズしちゃうんですね。

母が倒れてからの6回申告作業しましたが、毎年こうでした。

自分でもこの完璧主義なわたしが余計なハタラキをしていることは知っていて、なんとかしたいと思ってるんですが切り替え下手なせいかうまくいかず。


今回、母がぶつけた苛立ちに反射してでたセリフはわたし自身の言葉でした。

「現実を認めろ、その完璧主義を発揮することを諦めろ。」

これは自分に対しての言葉だと気づきました。


そして、買い物に出て母への甘いものを買ってきました。
帰ってきたわたしに母は謝ってきました。

わたしは甘いものを渡して言いました。
「謝る必要はないよ。謝ってほしいとも思わないし、わたしが悪いとも思わん。いまから作業するから監督してくれ。これあげるから付き添ってて欲しい」と。


やりたくないわたしをなだめるのに母が近くにいるとラクだからです
やりたいわたしはやりだせば勝手にやります。
わたしはわたしの動かし方をそこそこ知ってるので、その為に使えるものはなんでも使うタイプなのです。


母は好物の甘いものを食べれるうえ、わたしの役にも立てる。
わたしはやりたいわたしに集中できて作業が捗る。

双方にとってwin×winなうえ申告作業も終わらせることができる。


甘いものを食べご機嫌な母のそばで、やりたいわたしを発揮して作業するわたし。

時々現れる完璧主義のわたしへは「そんなことは後でやればいい」という監督のジャッジがとても効果的なのです。


この一連の流れで感じたのは「やっぱり愛しかないのだな」と。

母が悪いわけじゃない。
わたしが悪いわけじゃない。
それでも、双方に溜まってしまっていた焦燥感。

今回、その焦燥感を昇華させ、更に双方にとって充足感が得られる快適な環境をもたらし、最終的には青色申告そのものも完了するという、一番ベストな流れを創り出す為にこのリアルが注がれてたわけですね。


オー マイガー。
完璧すぎる。なんだこりゃ。

やっぱり自我の発する恐怖やプライドなんて、この壮大な祝福に比べてたら塵以下なのねぇ。


苛立ちをぶつけた母は悪くない。
反射でぶつけ返しちゃったわたしも悪くない。
優等生を諦めきれない母でも悪くない。
謝らないわたしでも悪くない。
三つ巴になってフリーズしちゃってたわたしでも悪くない。

注がれるリアルは全て祝福。

いまわたしは何を感じた?
いまわたしは何を考えてる?

これらの問いに対してわたしはとても慎重になっている。
わたしの中に全ての答えがあるから。


リアルを素通しするなんてもったいない。
祝福を堪能しないなんてもったいない。
わたしはリアルを味わっている。
祝福は味わい尽くすもの。