新世界に対して「ウキウキワクワクしてるわたし」と「静観してるわたし」と「なんか少し落ち着かないわたし」がいました。

「新世界としてこの世を捉えてる目線」と「旧世界としてこの世を捉えてる目線」とがあります。

その比率はどんどん変わりいまでは「自由である」と実感できるっていうのは「全てを許容できてる状態」のことなんだということに気づきました。

制限という名の障害物を「壊して/破壊して」進むのではなく、制限という名の障害物そのものを「そういうものがあってもいいのだ」と認め、その在り方を許容することができ、在り方そのものを受け容れることができたとき…
障害物が障害物ではなくなる。
問題が問題ではなくなる。
制限が制限ではなくなる。
敵が敵ではなくなる。

犯罪も、犯罪者も、貧困も、貧困と捉えさせているシステムも、嫌!とか悪い!とか思える状態も、嫌!とか悪い!とか捉える自分自身も…
いままでの概念でならネガティヴと捉えてしまう全てのことを、まるっと許して受け容れてる状態のわたしがいる世界が「自由」という状態なんだなぁと。

誰でも、どんな時でもこの地球上で「自由」になれる権利を持っている。
制限をかけられているのではなく、制限をかけている自分がいるだけなのだと。

そんなことをぢわぢわ実感しています。


そういうことを実感するたび、自分の中の比率が変わっていきます。

現時点での比率は、内面にフォーカスしてる時には「新世界9:旧世界1」くらいのイメージ。

肉体にフォーカスしてる状態では「新世界7:旧世界3」くらいかなぁ。
ん?
6.5の3.5くらいかなあ。

内面と肉体では比率が異なるんですね。
内面にフォーカスしてる状態の時は自我以外はココというポイントにフォーカスできちゃうので無敵感がものすごい勢いで吹きあがります。

肉体へフォーカスしてる時は現実と対峙してる場でもあるので意識が分散してしまうせいなのか、それとも肉体にまだある恐怖や不安を知覚するせいなのか、いわゆる「現実感」という負荷がかかってるように思えます。
その分、旧世界目線が強くなるようですね。

この比率は今後さらに変わってゆくのか、それを体験できる喜びでワクワクしてます。


わたし(マインド)という存在は、内面にも肉体にもアクセス・シンクロできる存在なんですね。
まずこのことを理解実感しました。

隣接する内面世界と肉体世界。
それを行ったり来たりしたり、それぞれと同期して感じとったりできています。

また、自分の仕事として「イメージや、意図すること」もこなすことができます。


現時点では、わたし単体の仕事よりも内面・肉体の両存在にアクセス・シンクロし「3つの存在を統合する」為に必要な情報や体験を集めている…そんな感じがしています。
わたしが「わたし」に集中しやすいような環境やリアルを与えられている気がしてます。

内面のわたしと肉体のわたしとマインドなわたしを統合するということは「わたし」という存在の全てを知覚、実感できるようになることなのかな、と想えています。

それって「わたしが本当にしたいこと」でした。

マインドのわたしが肉体のわたしと完全に同期できたなら、肉体を思い通りに使いこなす為の叡智が与えられるのでは?

マインドのわたしが内面と完全に同期できたなら、内宇宙を思い通りに使いこなす為の叡智が与えられるのでは?

内面と肉体がマインドと完全に同期したなら、わたしの想いがわたし全体に即分かる形でリアル展開されるのでは?

そんな疑問がバンバン湧いてきています。
すげー気になるー!どーなっちゃうの!?


わたしはいま、自分が三位一体で運営されている存在であることを理解、実感することができました。

それは去年の春前に、わたしの中で「自分は三位一体な存在なのではないだろうか?」という疑問が湧きだしたあの時から、ココに到達する為のリアルがやってきていて、そのリアルを拒否しなかったからいまわたしはココにいるのですね。

怖くても不安でもなんとかこのリアルを受け容れてこれたのは、やはりどこかで未来の自分の姿を知覚できていたからでしょう。
未来の自分の姿を知覚している自分を認めていたからでしょう。


次は、この3つが統合して1つなったらどうなっちゃうの?という疑問を昇華する為のリアルがやってくるのでしょう。
わたしがソレを体験することを望んでいるから。
わたしの未来に「統合されたわたし」がいることを知覚しているから。


なんだか少し落ち着かないわたし、は「わたしをみて」というサイン。
ソワソワキョロキョロしてるわたしは自分が何者なのかを確認したがってるわたし。

わたしをみてというわたしに寄り添い、一緒にわたし全体を感じてみた。
落ち着かなかったわたしが、落ち着いた。ホッとしてる。

新しい環境を受け容れきれてないわたしがいる。いていい。
どうせいつか受け容れられるんだから。
ゆっくり何度でもわたしが一緒に確認してあげる。