絶望して死んだ。という表現を耳にすることがありますが、わたしは絶望したことが起因で死ぬとは捉えられません。
死も選択肢のひとつ。
自己信頼を回復する道を選ぶかそうでないかですしね。
世を儚んで死んだ。
この表現が適切なんだろうなぁと捉えています。
世を儚む【よをはかなむ】世をはかなむ
この世は儚いものだと思う。人生は長続きしない、消えやすい、甲斐のないものと思う。死に急ぐさまを表す言い回し。
自己信頼が回復できてない状態で急いで結論を出した結果でしかない、という捉え方です。
世を儚んで死ぬことを悪いことだとは捉えません。
選択の結果であり寿命と捉えます。
この地球上ではそういう体験もできる環境なのでその体験を得たいと魂レベルで望む存在もいるということです。
現実を否定すると歪みます。
歪むことが悪いこととは捉えられません。
現実は流れゆくものです。
流れてゆくものが堰き止められると決壊を促されます。自浄作用です。
それ以上でもそれ以下でもないものなのです。
世を儚むことができるという自由。
世を儚んで死ぬことができるという自由。
野たれ死ぬことができるという自由。
殺害されることができるという自由。
「地球上という環境だからこそできることを体験、実感しにきている。」
この認識、概念は、誰かを責めてしまうわたしを救いました。
「誰も悪くない。わたしも悪くない。」
この言葉がやはり好きです。