この2択しかできなかったのに、それでよかったのに。
興味ないことでもなんとか工夫して興味もたせることができる程度に器用なわたしだったから、間違えちゃってたんだなぁと。
器用だってことはよいことだと思ってたけどそうじゃなかったようです。
あー。
美人だって(造形が整ってる)ことはよいことだと思ってたけど、彼女をみててそうじゃないなあと思ったっけ。
できるからといってそれが好きな訳ではない。それに気づけたのは結構最近でした。
子供の頃からわたしはなんでもそれなり以上にできるタイプでした。
だから周囲が夢をみてしまいます。
期待してきます。
これは美女もそうですよね。
夢をみせて期待させてしまう。
相手が勝手にしてることではあるんですが。夢をみたくてみてる人達であって、夢をみせてしまう側には責任や義務など生じません。そこを「生じてる」と捉えてしまうと歪むのですね。
好きじゃないことというのは自分なりに創意工夫して、奮起させて対応しているものなので、頑張れなくなる時がくるのです。
できていたことができなくなる。
あんなに早く泳げてたのに泳ぎたくなくなる。
上手に楽しく弾いてたのに弾きたくなくなる。
嬉々として出勤してたのに出勤できなくなる。
あんなに上手だったのにやめたくなる。
大人は必ず言いました。
「やればできるんだからちゃんとやりなさい!」
「できない子、スタメンに入れなくて悔しがってる子はたくさんいるの!頑張らなきゃダメじゃない!」
「あなたできる子なのよ、上を目指しなさい!」
あー。あー。
書いていたら当時封印していた腹だたしさ、悔しさ、悲しさがまた湧きあがってきました。
ムキィー!!!
幼いわたしは自分を責めました。
わたしは恵まれてるのだから頑張らなきゃいけない。頑張りたくても頑張れない人もいるのだから…。
あー もーーっ。
そんなわけないだろわたしっ!!!
いまのわたしなら余裕で対応できるのに。
書いててほんと気分が悪いっ!!
幼いわたしに大の大人がマウンディグしてきてたのを想い出してとても苦しい。吐きそうだ!
あー あー あー
こうやってはわたしは排出していってます。
いま現在のわたしが、幼いわたしが知覚していた苦しみを理解してやって、つらさを悲しみを受け容れてやって、排出を促します。
実際に嘔吐することもあります。
マウンティングしてきてた大人の歪んだ顔が想いだされます。
あー 気持ち悪い あー
わたしの為だというのは名目でしかなく、己の腐敗した感情を幼いわたしに吐き出し続けます。
幼い子供を使ったただのオナ.ニーでしかありません。ぶっかけです。
あー 気持ち悪かった。
ぶっかけに人気がでる理由がわかった気がします(苦笑)
まぢめな人ほどぶっかけに興味惹かれるというのもわかるような気がします。
感情に蓋をする。自分を抑圧する。
だから誰かにも蓋をしたくなります。
誰かにも抑圧したくなります。
負の連鎖は止められます。
まず自分が幸せになる。
まず自分で自分を幸せにする。
わたしはわたしを抱きしめて、すべてのわたしを受け容れています。
すべてのわたしの感情を大いなるわたしへと排出しています。
どんな体験でも魂的にはすべて宝物です。
どんな体験をするかは、己の思考回路できまります。
不幸癖の思考回路なら不幸が。
幸福癖の思考回路なら幸運が。
展開されるリアルは己の思考内容と気分(波動)が起因です。
頑張らなくてはいけない!という思考回路は頑張らなくてはいけないリアルを呼び寄せます。
わたしはもう頑張らない。
だからいまこんなにらくちんです。
いま「頑張れ!頑張れ!」と言われたら「うるせー!てめぇがやれ!」という本音が口からツルっとでてしまいそうです。
でも、ツルっとでてしまっても全然問題ないのです。
それで殴られて死んでしまったとしても、別に問題ないのです。
だから「やりたいことしかもうやらない」と決められたのです。
肚をくくれたのです。
肚がくくれるとブレなくて済むかららくちんです。
肚がくくれてしまったので、やりたいことしかやれないわたしへと変化していました。
決めたら、肚をくくれたら、既に変化してました。