三浦春馬さんが 自身が出演した作品やこれから出演したいという意気込みを話すとき
「関わらせていただく」

という言い回しをされていて、最初は丁寧な話し方をされるのだなと思っていましたが、
何回か動画や記事で見聞きするうちに、なんとなく謙遜の意味だけではないような気がして
物事へ取り組む姿勢を知りたいと思うようになりました。





真夜中の五分前で
インタビューに答える春馬さんと行定監督が二人並んでカメラに立つ姿や、 合間に話す雰囲気は
二十歳以上の年齢差で、監督と出演者の立場の差があるのになぜか同じ空気感をまとっているように見えました。 
人の立場の違いは意外と画面に距離感として写って見えてしまうと 日頃思っていたので、
監督と春馬さんの一体感は印象的でした。







土浦でお話しする行定監督の言葉をきっかけに
もしかしたら春馬さんが「関わる」について考える一つの理由が行定監督にあるにかもと思えて。






その事をお話しできたらと思います。








20120529 土浦で聞いた行定監督の言葉に
印象に残ったものが2つあり
ひとつは 監督が人と接するときの関わり合い方を想像するもので。

言い回しは違ってるかもしれませんが
「(普段)自分達は守られているのかなと感じたこと」

中国での過酷な撮影を振り返り仰っていた一言ですが
リスペクトを感じる 頭に残るフレーズでした。




行定監督は撮影を振り返り

春馬さんを、基本あまえんぼうだね 現地のスタッフは彼の為に何かしたくなる そういう人だ

と笑いを誘いながら一方で


春馬さんが哲学的に自分とはなんなのかを突き詰めたいと考えていて だから後に留学もいくのだけど

と話されていて、アイデンティティーをテーマとするこの映画と春馬さんの志向は近かったのかなと想像しました。









撮影自体は困難の連続だったようです

内容説明あります









夜の商店街でプレゼントを探すシーンの撮影のとき

警察から注意や撮影中断を求められたエピソード。




撮影用スポットライトの光が許可範囲外の道路を照らしてる

照明の光が許可違反という理由で撮影を中断させられる。

つまりマネーの要求なんだけど撮影側は渡したくない そこで現地スタッフは撤収したふりしてまた戻ると言い出すみたいな、いざこざを苦笑いを交え面白く話してくれました。

このようなことが沢山あって、多分撮影自体が進行しない困難が続いたようです。



撮影が中断すると、きまって春馬さんは現場から少し離れた奥のほうにスッと下がってじっとしてたようです。

春馬さんにとっては集中力を維持する為でもあったようです。


撮影自体が困難だったから春馬さんと長く同じ場所にとどまることはほとんどなかったそうで

取材記事になっている監督と春馬さんのツーショットは まさに春馬さんが高めの塀か段差の上に待避していたときで、その時が唯一二人のツーショット写真だとおっしゃっていました。


相当忙しかったのか( ´Д`)=3





そうやって苦労ずくめの撮影だっただろうと思いますが 中国のスタッフは慣れっこだったようです。



日本での撮影なら許可がおりたら当然撮影できる事も

上海でも 許可をとっているのだけど、現場に必ず警察が来て。。

いざこざとスケジュールの遅れに日本人スタッフは焦るわけですが、現地のスタッフはものともしない。


監督はこれ以上はあまり説明しなかったけれど

もしかしたらルールの通用しない環境で働く中国の人達の融通さやエネルギーを目の当たりにしたのかなと想像を掻き立てられました。








日本だったら信号が青なら渡れる。ただ青になるのを何も考えずに待つけれど

いつも黄色信号だったらどうするのか。

車や歩行者とコミュニケーションを取りつつ、、

膨大なエネルギーが要るけれど、相手を知ろうと関わろうとするんだろうな。


諦めずに








 



撮影が中断することが多く、

「春馬さんも内心は「なんだよっ」と思ってたかもしれないよ」




けど春馬さんが監督に話した言葉は


「監督 (中国でのいろいろあった撮影を経験して)中国というものがわかった気がします」




相手の懐にはいることで相手を理解しようとする春馬さんを

監督は教えて下さったように思います。

予定通りに進まない上海ロケ地での撮影がむしろ その環境下で働く人達を知って お二人は共感したのかも知れません。変化していった心情を監督は教えてくださったように感じました。






そんな風に監督の人との距離感を想像して

フレンドリーな振る舞いの監督を見ると

人との関わりあいを自分も考え直してみようって思います>^_^<

このあったかい監督の元で春馬さんが演じた真夜中の五分前に感謝したいです。



 




 



お二人一緒にインタビューを受けた「自分が何者であるか考えさせられる」記事20141230 で 


監督は春馬さんのことを「知ることができた。知ることができたのは過酷な現場だったこともある

とおっしゃっています。
先程のスポットライトの警察とのいざこざだったり、中断することが多い過酷な現場のことなのかなと想像して。
また
「ナーバスになることがなかった。それは春馬の腹が座っていていたんだと思う 心強かった」と仰っていて。






読んでなぜか誇らしくなりました

 











撮影において、日本人出演キャストは三浦春馬さん1人を連れていったそうです。
撮影スタッフも中国の方のお話しがあり、メインスタッフは中国の方だったようです。


監督のインタビューによると この映画は企画の段階で監督が目指す方向性の違いから一度頓挫し、今回の機会で映画化に持ち込めたそうです。
真夜中の五分前の世界は監督の世界そのものなんだなと想像します。


上海は騒音が大きくて撮影時も大変だったようですが、仕上がった映像は静かで中国スタッフの静音技術を絶賛されていました。
うるさいはずの中国のほうが静寂について解っていると   



過酷な環境になるほど
繊細な感受性が必要で
その優れた才能を国に関わらず受け止め、切り開こうとする監督の技量に春馬さんも刺激されのでしょうか








先程のインタビューの続きで二人のやり取りの続きがあります。
(記事の内容のままです)

行定監督の発言を聞いていた三浦さんは
「(同じ現場を経験したことで)より監督のこの作品に懸ける思いなどを深く知ることができたし、監督がおっしゃってくれたことを含めて、すごくうれしく思う」
と感激していた。

すると行定監督が「今思えばこの人の人間性や役者としての心構えとして『この映画に関わっているんだから』と、これも(映画製作の)一つだという見方にしている」と切り出し、
「僕はこの映画は静謐(せいひつ)で静けさのある、ある種、ぶれない映画になっているとイベントなどで冗談交じりに言っていますが、あれは褒め言葉」と説明。
そして「がちゃがちゃした(イメージの)中国で、この静謐さと静寂が作れたというのは、三浦春馬という俳優がそこにぶれないでいるということだったのではと思う」と評し、「すごく助かったし、この人のことをよく知ることができた」と絶賛した。
三浦さんは「監督がおっしゃった『関わっていた』という意味合いを間違えずに、これからも精進できればいいなと思っています」と力を込める。










このインタビューの 人間性や役者の心構えとしてこの映画に関わる という言葉は 監督がすべてのスタッフキャストへ投げかけた思いだとおもう。

春馬さんは映画を作る乗組員の一人として この言葉に答えた気がします。


関わっていたという意味合いを間違えずに精進したい 


この後の春馬さんの出演作品やインタビューを見たとき、この言葉が春馬さんの胸のうちにあるような そんな誠実な雰囲気を感じます。


三浦春馬さんという役者は 素晴らしい監督や共演者 スタッフからの導かれたとき 輝きを放つ そんな魅力の方だなと。






今度はどんな輝きを放っているのか 探してみたくなります。










 









映画の撮影背景についてご説明すると
真夜中の五分前は 本多孝好さんの同名小説を行定勲さんの監督で映画化。
全編に渡り上海を始め海外で撮影され、中国人のリウシーシーさん 台湾人のジョセフチャンさん 日本人の三浦春馬さんをメインキャストに迎え日中合作の異国情緒溢れた映画です


主人公リョウ(春馬さん)の生活圏を中心に描かれているので、テレビサスペンスの絶景スポット的なシーンはほとんど出てこないのですが

リョウが働く時計店がある雑然とした街並みや
プールまての往復の地味な街路樹の通り
中華鍋で朝食を作る台所など
上海で生活する人の日常を垣間見れるアングルが多く観られます。













静寂を作ったのはサウンドデザインは台湾のサウンドデザイナードゥドゥジーさんと語る行定監督


エンドロールのスタッフを見ると日本人も中国の方もどちらもあり、音楽は日本人の半野善弘さんが作られていますが
TOKYO FILM MeX真夜中の五分前20141123インタビュー をみると、静寂を作ったのはサウンドデザインは台湾のサウンドデザイナードゥドゥチーさんのようです。



関わらせていただく という言葉 20191127記事 ブレイブの映画化発表時に 

  

日本製の仕事に関わらせて貰っていることを感謝しています


中盤で 仕事について関わらせていただきたたいと話しています



インタビューの最後の挨拶で 関わらせていただきたいと