なんぢはこれ凡夫なり。心想羸劣(しんそうるいれつ)にしていまだ天眼(てんげん)を得ざれば、遠く観ることあたはず。諸仏如来に異の方便ましまして、なんぢをして見ることを得しめたまう。


(あなたはまさに凡夫である。心が劣り、智慧の眼が開かれていないから、はるか遠くを観ることはできない。ただ、諸仏如来にさまざまな手だてがあるからこそ、あなたも仏の世界を見ることができるのである。)



☆☆☆



「しんそーるいれつ」などというすぐには書けない漢字の言葉ではなかなかわからないので、島根で覚えた言葉に置き換えるとしたら何かないかな〜?と考えていて、これはどうかな?と思いついたのが「ボロクタ」。



最近つくづくイヤになるのは自分の何もかもが中途半端なことです。何をやっても中途半端でやり遂げることができない。いくつものことを同時に行うことなんて全くできなくて、あれもこれもがすべて中途半端。こんな自分の姿にほとほと呆れています。


ため息ばかりつく毎日ですが、愚痴を言う相手もいない。さびしい毎日です。そんなときはこの歌を口ずさみます。


この世の旅の あけくれに

さびしいいのちを なげくとき

南無阿弥陀仏 となえれば

しんらんさまは よりそって

わたしと手をとり あゆまれる




四日間の広島への通いが何とか終わりました。

今年はボロクタな自分をかかえていろんな場所へ出かけます。

来月も広島、そして大阪、それから福岡、と

いろんな場所へ出かけては聞かせていただきましょう。


ボロクタの口からため息が出る、グチが出る。

なんまんだぶも出てくださる。


南無阿弥陀仏