福岡教堂へ研修(お聴聞)に出かけました。







二日目は朝8時45分に教堂を開けていただけるということで、博多駅バスターミナルからバスに乗り換えて向かったのですが。乗るバスを間違ったみたいで、赤坂門で下車してそこから教堂までゆっくり歩きました。
すると福岡城址のお堀に蓮の花が。満開の見ごろはとっくに過ぎてはいましたが、大きな葉っぱやはちすの中に白い大きな蓮の花がちらほら咲いていました。

「高原の陸地には蓮(はちす)を生ぜず、卑湿(ひしゅう)の淤泥(おでい)に蓮華を生ず」

愚痴のこの口からお念仏の花がこぼれてくださる、淤泥華(おでいげ)のお味わい。

汚泥不染の徳
一茎一華の徳
華果同時の徳

蓮の花が仏さまの花として尊ばれていることを思いながらゆっくりと教堂へ向かわせていただきました。

二日目は昼過ぎまでのお聴聞でしたので、午後に広島真宗学寮のK林さんと博多の萬行寺さまへお参りいたしました。






工事のトラックが作業中でしたが、本堂のお参りはできました。

博多の萬行寺さまは、妙好人 才市お同行さんがお参りなさったお寺。
本堂の隅ではお座に向けて仏花を立てておられるところでしたが、ゆっくりお参りさせていただきました。


お気遣いをいただきまして貴重な冊子まで頂戴いたしました。


本堂でいただいた朝枝善照師の冊子をパラパラとめくっておりましたら


才市お同行が萬行寺さまへ初めてお参りされたときの逸話が目にとまりました。

七里和上さまに諭された才市お同行の口あい

三十一まで なにが えろうなった
こざるのような ちえばかり
こざるのような はからひやめて
南無阿弥陀仏を いふばかり

この口あいにはこんないきさつがあったんだなぁ

前回の福岡教堂でのお聴聞で「聞こえてみれば それは聴いたからではなかった」と、お聞かせいただき

この度は

こざるのような はからひやめて
南無阿弥陀仏を いふばかり


「お念仏しなされや」

称えながらお聞かせいただくご縁でした。

南無阿弥陀仏