日曜日の午後(追記あり) | 自分らしくしなやかに

自分らしくしなやかに

自分の人生をいきたいと願いつつ還暦になってしまいました
母の縛りはますます強固に、介護という名で重くのしかかっています



日曜日の朝、5時にピンポーン

トイレに行きたいけど、上手く立てない
と母

はいはい、行きますよ
怒ってもいませんよ
眠い顔はしてますが…

でも、そこで「今何してた?」
はないでしょう?

朝の5時です
「寝てたよ。まだ、5時だからね。
    おばあちゃんもトイレしたら、
   もう一回寝ようね」

「そーなん?  まだそんな時間?
もう起きてるかと思って呼んだのに
ほな、起こしたん?」

そーです。起こしましたよ
昨夜の最後は1時前に
でも、夜中は無かったから、
良しとしましょう

で、もう一度寝た母は、7時ごろ一度起き
トイレに行き

わたしが構わなかったら
再度ベッドに入り
ぐーすかとよく寝て
起きたのは10時をまわってた

時々爆寝をする母です

起きたので、コーヒー☕️と新聞📰

少し待って着替えと洗面

11時回りましたので、もう朝昼兼用にすることにし、12時にご飯を食べさた

今日は、主人と大阪城でやってる
ラーメンフェスタを覗きに行こうと
思っていたので

早く食べて欲しいのに、
ゆっくりゆっくり食べて
1時を回ってしまったわ

でも、思い切って母に言いました

「今からパパ(旦那)と大阪城に行ってくる
帰りに晩御飯の足らず買ってくるから
留守番しててね」

これを言うまでに
こうやって日曜日に家を出るまでに
どれくらい(何年)かかったでしょう

日曜日の午後のたった数時間

何もすることがなく
テレビの前でぼーっと過ごす母を
ひとりにして出かけることの
罪悪感

それは母が歩けないとか
出かけられない
とか
そう言うこととは別問題で

母をひとりにして
用事でなく
遊びやらちょっとした楽しみのために
出かけることへの
罪悪感

で、今までは母の友達のKさんに
今度の日曜日、ちょっと出かけるから
暇だったら遊びに来てやって
とか
それも無理なら
暇だったら電話でもしてやって

なーんて
勝手なこと頼んでた

母のためでなく
私自身の気持ちを楽にする為に
母の目が
私に向かわないようにする為に

でも、これも
辞めた

長時間の時は
Sさんやヘルパーさんに頼むけど
ちょっとした時は
母の時間の過ごし方は
母に決めてもらうことにした

今までに色んな手作業や
読書や趣味のことも勧めてきた

これ以上私が考えたり
段取りするのはやめよう

そもそもこの罪悪感は
母に植え付けられた
ものなんだから
本来なら
不要なものなんだから


それでも
昨日も、何度も自問自答してた

介護してるみんなは
これくらい出かけるとき
どんな風に
思うんだろう
そもそも介護してて
出かけたいと思うことが
間違ってるのだろうか

でも、色んな考えを振り切って
一足先に出た主人を追って
家を出た

大阪城公園駅で合流して
それぞれ30分も並んで、
2種類のラーメンを食べて
帰りにスーパーで食材と
母のおやつを買って帰ったけど

4時帰着

ほんの3時間

スマカメで時々チェックすると
その間母は、テレビを見たり
ベッドで横になったりしてた

自主練してるところなんて見たことない  笑

こんなお天気のいい日に
私は一日中家の中で
テレビの前で過ごしてた

今はじめてリビングまで出てきたわ

また、そんな事を言う

気にしない気にしない

それは仕方のないこと
母の自業自得

ごめんね
とも思いたくない