来週は私の誕生日。

今日何日だっけ?って話からもうすぐ誕生日だね、ってなった。

毎年私は誕生日にお休みを取る。


特別誰かと約束をしているわけぢゃない。

ただ、お誕生日ってとってもとっても特別な日でしょ。
その一年に一回きりの特別な日を普段と同じように過ごしたくないの。

生まれてからずっと、誕生日は誰かと一緒だった。
必ずみんなからプレゼントをもらって、抱えきれないほどのおめでとうの言葉を貰った。

東京に出て来るまでは、毎年欠かさず家族や友達が盛大にお祝いしてくれた。

北海道を出て、初めて家族と誕生日を一緒に過ごさなかった年、同じ寮に住んでた仲間にサプライズされた。
もう、涙が止まらなくて嬉しくてみんなが大好きで大好きで。

北海道を出て二年目の年は、ちょうど秋休みで親友2人と北海道旅行も兼ねて帰った。
だからプレゼントもたくさん貰って家族と友達に囲まれて過ごした。


去年は社会人として働いていたけど、誕生日くらい休ませてあげるってことで、店長がシフトをうまいこと調整してくれた。
だから一日中思いっきり誕生日を1人で楽しんだ。


今年もこれと言って予定はないけど、仕事は休みをとった。
ごくごく自然なことだと思ってたけど私は普通とは違うらしい。

世間一般の大人は誕生日くらいで仕事を休んだりしないんだって。
そんなことするのはオカシイんだって。

誕生日なんだもん!
特別感出したっていいぢゃない!ふん!
って感じ。


誕生日くらいお仕事したくないのー。



って、言ってるけど、本当は違う。



本当は期待してる。


宏人が会いに来てくれるんぢゃないかって。

もし、宏人が私のお誕生日を近くでお祝いしに来てくれたら、その時仕事で会う時間がないなんてことあっちゃいけないでしょ。


わかってるよ、宏人がお仕事休めないことくらい。
何ヶ月も前から誕生日だからって会いに来れないこと、嫌ってほど聞かされてる。


だけどこの世に絶対ムリなんて存在しないから。
たとえ1パーセントでも、それ以下でも、わずかばかりの希望があるなら私はその可能性をこの手で潰したりできない。

だから、私はお誕生日に予定を詰めずに待ってる。

いつ宏人が岡山からとんできても、すぐに品川駅まで駆けつけられるようにスタンバイしておかなくちゃいけないの。


9月25日の23時59分59秒まで、私は希望を捨てない。
その最後の最後まで、宏人を待ってる。

来れないのは大前提だけど、少なくとも可能性は0ぢゃない。




来年も、再来年も、ずっとずっと

9月25日はお休みを取るよ。


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