手術が終わってからある考えで頭がいっぱいになっていた。


何もしたくない


4月から仕事復帰、ゆづっ子の入園と生活が一変する。

今は辛くとも働いていた方が気が紛れるかも?

でも気持ちはもう気力が驚くほどにわかない。


とにかく色々なことから逃げたい、そんな気持ちは今までなかった。育休が終わることは残念だったけど、それは仕方ないことで仕事復帰することが当然のことと受け入れていた。

今になって(復帰の1週間前)こんな気持ちになるなんて思わなかった。

しかも、育休延長するには


1週間前に延長はあまりにも職場に迷惑

保育園入れないし、来年度希望のところには入れない


という二大リスクが。

他にも収入がなくなる、育児に行き詰まるかも、とか色々。


夫と実の母親と家族会議をした。


夫は育休延長した方がいい。職場も保育園もなんとかなる。収入も別に気にしないでいい。


母親は、自分が一番大切にしたいのは何か。それ(私の場合家族)を守るのを最優先にすべき。余裕をもって家族を支えるためにはどうすればよいか。


結論は育休延長にしました。


とにかく自分の今の気持ちを優先しました。

大学卒業してからずっと働き、妊婦さん、小さいお子さんを育て中のママ、腰が痛い年配の方、新卒できた若手、私自身もたくさん人をサポートしてきました。今、助けてもらう側になっても人生トータルで考えたらマイナスにはならない、と考えることにしました。


職場への電話はこの日が日曜日だったので次の日にすることに。


そう決めたのに関わらず、職場への影響を考えると気持ちが揺らぎ、朝になってやっぱり復帰する!と泣く私に夫は


「復帰する方が楽だと思ってるからだよ。復帰するなら何もしなくてもいい。休むとなると、職場に言わなきゃだし、市役所、保育園にも連絡しなきゃいけない。それが負担に感じてるだけ。」


確かにそうかも。特に職場への電話はすごくしたくない。けど何もせず、復帰したらしたで、後悔するかもしれない。


私は自分は強いと思っていて、落ち込んでも、自力で立ち直って人には気付かれないように振る舞えるし、仕事に穴を開けない人間だと思っていました。

実際、前回の流産でも流産だと告げられた後、職場に戻って普通に仕事をしたし、手術も休みの日にして、仕事も続けていました。知らない人は私が毎日泣いていたことなんて知らないです。なんで今回はこんなに立ち直れないんだろう?自分でも驚いてます。

母子手帳もらったから、もうこれがラストだと思っていたから、2回目だから、理由は何個か思いつきますが、はっきりとはわからないんです。


たくさん泣いて、しっかり事実を受け止められるまで、時間はたっぷりできました。どうにもならない悲しみは時間が癒してくれます。

他人に迷惑をかけてしまいましたが、せっかくできた時間。自分のために使いたいと思います。


次回、各所に電話した後の意外な展開について書いていきたいと思います。

稽留流産と言われて8日後、流産手術をすることになりました。午後の手術となったため、入院となりました。ゆづっ子はまだ1歳2ヶ月。初めて夜離れるのでそっちも心配でした。


でもこの手術まで私はスマホで


流産していたと思ったらしてなかった

稽留流産 生きてた


という語句ばかり調べてばかりいたせいか、まだお腹の赤ちゃんが生きている、診察は間違いだった!という思いが高まっていて、今日心臓が動いているのがわかって午前中に帰れるのでは?というあり得ない期待を密かにしていました。なぜなら悪阻が続いていたから。1度目の流産でも手術までは悪阻があったのでそういう体質なんだとわかってはいたんですが…。


そんな期待は手術前の診察台打ち砕かれまた号泣することに。当たり前の事実なのに、涙が止まりませんでした。


手術までの間も看護師さんが来てくれ、慰めてくれました。優しさに感謝なのですが、それでもまだ涙は止まりませんでした。


手術後、テレビ電話でゆづっ子と会いました。スマホを離さず、笑顔で声を出しながら歩き回るゆづっ子。たくさんお話してくれました。ゆづっ子がいてよかった。泣きながら笑いました。


夜は寝られず、一人で泣いていました。こんな日に一人は精神的に辛いですね。


そういえば揚げ物がずっと食べられなかったのに、病院の夕食の油淋鶏がおいしかったです。それがまた悲しくて悲しくて。おいしかったのに。


次の日の午前中に退院でした。桜はまだ咲き始めだったけど、病院の近くの公園に親子3人で行きました。すっぴんで…。でもずっと泣いているより健康的だと思って。外に出て、太陽浴びている時は辛さも少しは和らいでいるような気がしました。


でも夕方になって一波乱ありました。

ここまで書くのに精神的につらくなってしまったので次回に繰り越します。

2人目がほしくて12月から不妊治療をしていました。

12月は採卵、顕微授精までしたのですが、育たず断念。

1月にもう一度顕微授精にチャレンジ。しっかり育っていたので子宮に戻し、その後も順調で心拍確認まで行ったので、不妊クリニックを卒業しました。以前突破できなかった9週の壁をすでに超えていたので、安心していました。


その後、母子手帳をもらい、産科のある病院へ初検診。ドキドキしながら診察台でエコーを見ると、


あれっ心臓動いてる?


お医者さんは何も言わず、色々角度を変えてから


ここが頭、手、足、目がこの辺だよ、大きさは4.4センチだね


と続けた。私は我慢出来ずに


心臓は動いて…


まで言ったところでお医者さんがかぶせるように


動いてないですね。


頭真っ白。それでも涙はどんどん溢れてくる。

看護師さんが抱えてくれ、別室で落ち着くように休ませてくれた。でも落ち着くなんて出来ない。


出血も腹痛もなかった。つわりは2日前急に軽くなったから不安は少しあった。けどまた吐き悪阻が始まりホッとしていた。なんで、なんで?だって今日で11週。ここまできたら流産の確率はほとんどないはずなのに。何がいけなかったの?40歳だから?橋本病だから?毎朝薬飲んでたのになんで…?

ずっと泣いていた。信じたくなかった。


今もこの文章書きながら涙が止まらない。


もう2週間以上前のことですが、まだ傷は癒えません。というか2年前の流産も今思い出しても辛いです。今回は9週の壁を超えてホッとしていたからさらにショックが大きいです。


不妊治療していると、辛いことが多いですね。でも出費の多さも、通院の時間も、つわりも全然私は我慢できた。会いたかったよ、お腹の赤ちゃんに。会えたら何もかも辛いこと忘れられたのに。


幸せもありました。生まれた時のことを考えたり、夫と話している時は幸せでした。


今は辛すぎてまた不妊クリニック通う気持ちになれないけど、年齢も年齢だからゆっくりもしていられない。もう少し悲しみと向き合い、前を向けたら、と思います。


自分の気持ちを整理するためにもまた続きを書きたいと思います。