クリスマスも終わり、折り紙大好きな長男はこんなかわいい作品作ってました。




私は結婚前から子供は3人欲しいって思っていました。
母親になることが夢だった私。

体育会系の旦那と体育の成績5だった私たちの子供はきっと運動会のリレー選に出るような子供だろうな。
そんなことを夢描いていたけれど、運動会では先生に抱っこばかりで何もやらない長男。現実は全く違った。

そして妹なのにまるでお姉ちゃんのようなしっかり者の娘がいて、そこに3番目の男の子が産まれた。

お腹の子が男の子と聞いたときに、障害持っていたらどうしよう。
少しの不安はあった。
発達障害の割合は男の子が多かったから。

そして、出産。

可愛い我が子。あったかい我が子を抱いた時に。。。。。








耳が。









耳が片方おかしい。







耳たぶがついているだけで穴があいていない。。。




出産して、長男抱っこして娘連れてきた旦那の顔見た瞬間










ごめんなさい。
この子の耳がない。








そのあとの記憶があまりないんです。



帽子をかぶせて、ちゃんと音が聞こえてるのか、手をたたくとビクッとする。
あぁ耳は聞こえているんだ。。
抱っこする度にごめんねと抱きしめた。




右耳小耳症。外耳道閉鎖。
という先天性の奇形。





遺伝ではないけれど、モンゴル系民族に多く、10歳で形成手術を受けることができると。医療の進んでいる日本が手術の症例数は多く、3箇所ほど有名な病院を見つけた。
一番症例数の多い病院に毎年通院して、手術をお願いすることにしました。




耳のことでいじめららることはないだろうか。
学校に行きたくないとか言われないだろうか。

この子には主人がやっていた空手をやらせよう。気持ちに負けない子に育てよう。

いろんな心配してたけど、
いつもニコニコ、子供らしい、たくさんの友達に囲まれる男の子に育ってくれた。

公園で知らないおじさんからゴルフ教えてもらってゴルフボールとジュースをおごってもらえるような人懐っこい末っ子。





小学5年と6年の夏に無事に手術を終えて、耳の形もでき、聴力も戻りました。





とても怖かっただろうに、取り乱すことなく、手術室に1人で歩いていく後ろ姿。

涙が止まらなかった。




ごめんね。





誰のせいでもない。わかっている。


それでもおそらく私がいつも自分を責めていた気持ちが息子には伝わっていたのでしょう。





本当に心優しい男の子に育ってくれたと思います。






つづく。

 

 

そして

3歳検診へ。

 

「お母さん、お子さんは耳が聞こえていないか、自閉症の疑いがあります。」

 

 

 

 

え?

自閉症??

 

だってこの子、とっても笑うし、いつもニコニコしているし

自閉症???

 

 

その当時の私の自閉症に対する認識は

自閉症=暗い、引きこもり

というイメージしかなかった。

 

 

え?

耳が聞こえていない??

そんなはずない。。。

 

あ、でも、呼んでも振り返ってくれないかも。

 

あ、本を読んでもどっか行っちゃうも。。。

 

 

 

なんで気が付かなかったんだろう。

なんで気づいてあげられなかったんだろう。

ごめんね。ごめんね。ごめんね。

 

 

 

 

 

私が泣いていても長男はニッコニコ。

 

 

何が変わるわけでもないんだ。

 

 

この子が生きていきやすい大人になれるように

ちゃんとご飯を食べていけるように

これからちゃんと教えていこう。

どんな道のりでも最終的にちゃんと仕事に就けるような男に育てなければ。

 

 

そう思えるまでは早かった。

 

保育園の先生、

畑中こども研究所の先生

育成室の先生、

小学校の先生。

 

たくさんの先生たちにたくさん教えてもらえた。

私は本当にラッキーなのだ。

 

 

 

高校2年生の長男は今企業へ職場実習に行っています。

 

 

 

 

 

つづく

 

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周りの友達は

しんかんせん

などと話してるけど、

 

 

長男は。。。

 

 

 

 

あれ?

 

そんな言葉話してないかも。。。

 

お友達が絵本読んでる先生のそばで話を聞いてるのに、うちの子は一人集まらないでマイペースに遊んでる。

 

男の子だし、

上の子だし、

うちの子もしゃべらなかったけど、しゃべり始めたらすっごいしゃべるようになったよ。

 

 

なんでだろう。

 

 

2歳半検診で

 

「お母さん、この子、いくつくらいの単語を話せますか?」

 

 

 

そんな、わからないよ。

気にしたことないもん。

 

 

 

でも考えても考えてもそんなに単語浮かばない。。。。

 

 

え?

 

 

え?え?

 

 

 

3歳になってもあまり変わらなかったらちゃんと調べてみましょう。。。

 

 

 

男の子だし、

上の子だし。

大丈夫。

たくさん話しかけてあげればきっとたくさん話してくれるようになる。

意識して、話しかけよう。

 

 

そして3歳児検診を迎える。

 

 

 

 

 

 

つづく。

 

ちゃんと息しているかな?

 

寝ているだけなのに心配で仕方ない。

 

3時間経ったのにお腹すかないのかな?

あれ、ちゃんと息しているかな?

 

長男はとてもよく寝る子でした。

何もなければ、親孝行な子供ねって終わるのに

よく寝ることが心配で仕方ない。。。

 

3ヶ月、6ヶ月、9か月と順調に育っていきました。

 

2月にうまれて、9月には主人の開業があったのでそのお手伝いのため

7か月で保育ママさんに預けて並行してウエディングの仕事に復帰。

 

復帰したんだけど、年末には第2子の妊娠。。。www

 

お腹大きい体で新店舗の立ち上げのための営業www

毎日2時間くらいかけて電車で営業に行っていました。

 

長男は集中して積み木を高~く積み上げたり、

ラジオ体操をしっかり順番通りやってみたり

「うちの子天才かも!!!」

って親バカ炸裂でしたが、

それがそもそも自閉症の始まりだったのかもしれません。

 

つづく

 

 

 

 

 

 

今年もあと2日。。。

仕事しながら、大掃除と料理の仕込みと子供からの勉強の質問。。。

いったい今何やっていたんだっけ?って感じの日々ですw




 

ウエディングの仕事しているときに

大学時代の同級生と結婚。

自分の思い描いていた結婚式をしました。

ドレスに合わせて会場をコーディネートし、

今でも夢のような結婚式だったなって思います。

 

その後、男の子を出産。

 

36時間もかかって、やっと会えた我が子。

いとおしくていとおしくて。

 

 

授乳をしに新生児室に行くと。。。

 

 

 

「この子、呼吸するのを忘れちゃったりすの。

心配だから、保育器に入れて、呼吸の管理ができるようにするから。

朝、小児科の先生にみてもらおうね。」

 

 

え??

 

おなかにいた時に水の中だったから、生まれてくるのに疲れちゃったんだね。

 

 

 

 

え???

大丈夫???

 

 

 

頭に超音波あてる先生。。。

 

 

 

 

 

「頭の中に水か出血が見えるから、念のため24時間でしっかりみてもらえる

NICUのある病院に転院しましょう」

 

 

 

 

え?

 

 

え??

 

 

 

なに???

 

 

 

 

 

 

 

そのまま救急車でINCUのある病院に搬送されてしまいました。

 

 

 

 

 

 

「赤ちゃんに1滴でも母乳を持っていきましょう。1滴でも赤ちゃんにはいいものだから。」

 

 

助産婦さんに教えてもらってお椀片手に搾乳する。。

 

胸ははりさけそうなほど張っていて

でも赤ちゃんがいない。

まわりのお母さんは赤ちゃん抱っこして授乳している。。。

でも私の赤ちゃんは独りぼっち。私も独りぼっち。

 

 

お椀片手に涙がこぼれた。

 

 

 

唯一撮っていた携帯の赤ちゃんの画像を抱きしめて号泣。

会いたい。抱きしめたい。

 

 

 

 

 

NICUは両親でないと入れない。

主人に母乳を届けてほしいと言うと

1mくらいの釣り用の大きいクーラーボックスにたっくさんの氷を入れて

現れた。

 

 

 

私の母乳はやっとやっとしぼって注射器みたいなスポイトに1センチくらい。。。www

 

 

 

今じゃ笑い話だけど

夫婦で必死だった。

 

 

 

 

私は産後順調だったので3日で退院。

 

赤ちゃんと帰るはずだった実家に一人で帰宅し、

そのままINCUの病院へ。

 

 

長男は出産によるくも膜下出血でしたが

出血はすぐに止まっていたので産後1週間で退院することができました。

 

 

 

 

とにかく元気に育ってほしい。

 

 

 

私の子育て生活が始まります。

 

 

 

つづく