大口広司さんを悼む | 碧い海と藍い空の間で

大口広司さんを悼む

海楽至上主義―――碧い海と藍い空

 今朝ニュース番組で久しぶりに耳にしたのは、懐かしい名前でした。
 1960年代のスパーアイドルグループ、テンプターズのドラマーで、1980年代、私のいちばん好きだった「practice of silences」のオーナーデザイナーだった大口広司さんが亡くなられました。
 大口さんとお付き合いをさせていただいていたのは今から20年ほどの前で、『X-Men』、『流行通信homme』などのメンズファッション誌の広告の責任者をしていた頃のことです。たしか、表3見開きのスペースをレギュラーで出稿していただいたと記憶しています。
 大口さんには、表3のデザインやシーズン立ち上がりのタイアップの打ち合わせの際など、新一の橋にあったオフィスでお話をさせていただきました。忘年会や新年会の席などで、一緒に飲ませていただく機会もありましたが、あまりお話しすることはありませんでした。そのぐらい、雲の上の人だったのかもしれません。
 ただ、私が7歳のときから芸能界にいた方です。ファッション業界のような個性の強い人間が集まるところでも、その雰囲気や存在感は普通の人とは、まったく違うものでした。漂う煙草の煙の中で、棘棘したところのない、ゆっくりと話をする方でした。
 私たちの間では、稲葉賀恵さんから服作りを学んだ人と言われていましたが、実際はどうなのかわかりません。
 私の世代の男子には、テンプターズよりもそうしたことよりも何よりも、「真行寺君枝」の旦那さん・・・というほうが、強いValueを持っていたと思います(笑)。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。