わたし自身について述べると、わたしには前世はないのです。


 これは単に「記憶がないから」、つまり地球人の設定の際のルールである「忘却」によるものということではありません。年月と回数をかけてチャネリング(検索)した結果なのです。


 昔、ある高名なスピリチュアル・ティーチャーのかたに「自分には前世はない」と言った所、大変な反発を招いてしまったことがありました(;^_^A


 「前世がない人間などいるわけがない。あなたはよほど何か悪いことをしたに違いない。自分の悪業(あくごう)から目を自分の(そむ)きたいだけだ。」といった具合でした。ほかにもさんざんなことを言われた上に、鑑定料数万円をお支払い・・・。今はさすがにこういった霊能者はいないと思いますけれどね(^▽^;)


 前世を信じる人々にとって、わたしのような存在は「未知」であり、一般的には「未知なる者は攻撃!排除!」という心理が働きます。


 また、自分が理解できないことについて述べる時は、大抵が「その人自身の自己紹介」です。つまりこの場合で言うと、「もしも前世の感覚があり、前世の存在を信じている自分が“前世が無い”と言うのであれば・・・」という仮定であり、自分自身の設定からのシミュレーション結果を話している、ということです。


 今では前世については様々な概念がありますので、どれでも、ご自分にとって幸せへの許可証となるようなものを採用すればよく、また他者が信じていること、信仰については「それは間違っている」等と決めないほうがいいのではないかなと思っています。


 それは例えば「亡くなったおじいちゃん、おばあちゃんが見守ってくれている気がするの」というかたに対して「バカじゃないの?」とか「証明してみせてください」と言うのと同じ方向なのではないでしょうか。


 わたし自身には前世はないのですが、しかし、そもそも各人の人生に必要なものが備わっていると知っていますので、特に困ったことはありません。とは言え「前世がある」と言うかたがちょっとうらやましいですね~。どんな感覚なのでしょうか?(*'ω'*)ロマンを感じます。


 人の数だけ概念があります。「前世がある」「前世などない」といったことで、もしもかつてのわたしのように傷ついたり、またスピリチュアリスト同士が言い合っているといったことがあれば、どちらだっていいじゃないですか、と言いたいと思います。そのかたが本当の自分らしく嬉しい気持ちで在ることができるのであれば。


 お互いに、「ああ、このかたはそれを大切に信じておられるのだな。」と思っていればいいのではないでしょうか。バラエティの豊かさが地球の面白さです。みんな魂それぞれにいろんな星や集合意識から来ているし、いろんなエネルギーを受けています。正解は無いといった状態ですので学校のテストには出ないと思います。


 すべては概念(アイディア)です。それにそもそも科学的な視点から見たら「前世」という話題自体が「クオリア」の領域です。


 正しさよりも、優しさを。そして楽しさを、心に置いておきませんか?という話でした。これはスピリチュアルに限った話ではありません。気分よく共存共栄しましょう。



 ではまた・・・。

 

(本ブログ「古今東西」も別ブログ「重ための話」も不定期更新)