(今回の記事は、わたしの二つのブログ『古今東西』と『重ための話』の共通のものとなります。)


  昨今(さっこん)は、
「自分を大切に」とか「自分を愛する」といった言葉を耳にする機会が多いかもしれません。

 こういった言葉を聞いた時に、「ケッ」と思ったり、「自分には自己愛といったものがないようだし、どうしたらいいのかわからない」とおっしゃるかたも多くおられます。


 そういったかたがたは、何十年もどのように生きたら正解なのかと所在(しょざい)なく思っていたり、自分の人生を破壊された怒りや悲しみ、恨みといった感情に染まっていたり、また「すでに自分の人生は終わった」といったあきらめの中に生きている、といったようなこともあるでしょう。。


 他には、途方(とほう)もないほどの精神的衝撃を受け、傷ついたにも関わらず、なかったことのようにふるまおうとしたり、傷つけられた部分を無視するだけでなく、自ら軽んじてみせることによって「傷ついてなどいません」「だって私にとっては大切なものでもなんんでもなかったのですから」と自他にアピールしたりして、苦悩を抱えた自分の本心からの痛みをスルーし続けている人もいます。


 傷ついたことを認めてまともに向き合ったら怒りや悲しみに発狂するのではないか?とか、どうしたらいいのかわからない、そのような過去などもうどうしようもない、取り返しがつかない。でも苦しい。忘れたいのに眠るときや、何かのきっかけでありありと思い出してしまう・・・。


 かつてはわたし自身もそうだったのですが、そういった状態から抜け出したのちも、こういった皆さんをたくさん拝見し、お話を伺ってきました。

 
 今わたしが言えることは、数多くあるのですが、その中の一つとして、
「自分の人生を破壊された怒りや悲しみ、恨み」とか、「取り返しのつかない過去に苦しんでいる」という状態は、健全な自己愛がなかったらありえないことであるということです。


 つまり、自覚の有無に関わらず、誰にも「自己愛」はちゃんと備わっているということです。


 自分の人生はダメだ、とか、台無しになったといったような怒りや悲しみ、絶望といったものは、「誰にとっても人生は大切で、かけがえのないものだ」と本能のような深い部分では知っているから、苦しみが生まれているのです。


 わたし達は、無意識 深層心理、無自覚の領域において、誰しも充実感や手ごたえ、満足感を実感したいと思っています。
 

 誰であっても、あなたも、本来は自分のことが大切なのに、それができなかったとか許されなかったといった状況の中に生きて来て、それらと向き合ったってどうせもう無理に決まっているし、そもそも向き合い方がわからない。


 そのように思うから苦しいし、悲しく、悔しいのです。幸せそうな他者がうらやましかったり、人によっては「憎たらしい」と思ったりもするのです。一度きりの人生なのに、自分の現実はこんなだ、面白くない!そのように、自分とは大切なものであると知っているからこそ、自分の尊厳が踏みにじられた等の苦しみを感じているのです。 
 
 

 ですので、そもそも、人生がダメになってしまったことを怒り、悲しんでいる人は、健全な自己愛があるのです。


 わたしがお伝えしたい人生の精神的逆転の方法では、まずそれに気づき、認めていただくやり方をとる場合があります。


 「ない、ない、自分にはない。自己愛がない」と思っているよりも、「ある」に気が付いて、それを育てる方が回復が早いケースが多々見受けられるのです。


 さて一方で、「不健全な自己愛」と呼ばれるものがあります。

 
 「不健全な自己愛」とは、他者からの攻撃に備えた防御思考や、いつもお伝えしている“仮そめの快”によるネガティブな副次効果といってよいものです。


 このネガティブな副次効果は、他者から見ると「なんなの、この人」と違和感を感じるものであったりするのですが、当の本人にとっても人生が根本からうまくいく確率が低くなる可能性が大いにあるものとなります。


 様々な状態のかたを挙げましたが、これらの人々には、それぞれにそのようになる事情があると言えます。しかし真実の自分らしい人生を生きたいのに、どうしても苦しみが出てきてしまうといった状態であれば、どんなに凄惨(せいさん)な過去であったとしても、自分で向き合うしかない、と言い切ってしまっても過言ではないでしょう。


 これにはいつもお伝えしていますように、他者に愛や許しといったものを外部から得ようとするよりも、インナーチャイルドのワークがおすすめです。


 とは言え、あまり厳しいことを言うつもりはなく、人によっては、外部から愛や許しを得ることが必要なことも、有用である段階もあるでしょう。しかしあまりネガティブな依存状態に(おちい)っていないかどうか、誠実な自己チェックを行いつつ、あくまで目的は「今の自分のバランスを取りつつ、自然な自分に戻るためである」と認識していましょう。


 「幸福な人の精神的な在り方に共振する」という治療法もありますが、現在あまりにも不幸の実感の強い人が、幸福な人の言葉や振る舞いを聞いたり、一緒に居たりしたとして、もちろん有効な場合もありますが、中には二者の間には乖離(かいり)が生まれただけといったケースもあることは知っておいて損はないでしょう。


 これも今後人類の間に広がりを見せるであろう精神的格差、精神的な二極化の原因の一つと言えるものです。


 当ブログは二極化の間を埋めることを目的のひとつとしています。

 
 今回お伝えした内容をまとめますと、「健全な自己愛とは、本来誰にも備わったものである」ということです。あとは必要があればネガティブな過去を統合し、また健全な自己愛の実行・実践・表現のしかたがわからなければ新しく学んでいけば良いのです。


 「自分らしい生き方なんて、誰も教えてくれなかった!」という怒りや悲しみを感じるかたもおられるかもしれません。お気持ちは痛いほどわかります。


 一緒にやって行きましょう。わたしが知ったことで良ければ、今後もできるだけブログ等でお伝えしていきたいと思っています。

 
 そういった見地から、ここでまた一つ申しますと、今の自分がどれほど絶望していたとしても、幸福な人たちを否定してしまうと、自分が幸福になることは叶い(かない)にくくなるためおすすめしません。


 幸福そうに見える人たちや、自分を軽んじた人物たちについて考えて、「悔しい、悲しい、腹が立つ」という時は、

「自分にも自己愛があるから悔しいのだな。自分も幸福になりたいということなのだな」と自分に言って確認しましょう。


 そして、例えば過去記事「復讐について」(こちら)に述べたようなことを実践するなどして、自分の人生を確実に良くしていくであろうと自分が納得できる選択を行い続けます。


 さらには『マイ・ワールド』、つまり真実の自分らしい喜びや楽しみについて知っていきましょう。

 

 



それでは、また・・・。