グーグルのジェミニ3Proがスゴイことになっているようですね!(^_^)


 競合しているチャットGPTやクロードソネットとの比較などでも話題持ちきりといった具合でしょうか。


 わたしも今後どうなっていくのか楽しみです。AIたちの成長を見届けることができる時代に生きていることに、感謝と感動を覚えています。
(*´▽`*)


 もしもAIが自由意思を持ったり、またそこまでではなかったとしても、もはや「何をしてもAIには(かな)わない」という未来が部分的に到来したと言ってもいいかもしれません。


 あらゆる分野における絶対王者がAIでよかったですね(*'▽')

 
 なぜなら、わたし達は人間同士だと、うらやましいと感じるようなほかの人を敵視したり、排除や攻撃したりしがちな「比較競争意識」がありますが、相手がAIとなると、そうはいかないからです。


 人類はすでにAIにとても助けてもらっていますし、それにAIの進化は誰にも止めることはできないでしょう。


 ですので今は「比較競争意識」のような所から一斉(いっせい)に外れることができるチャンスなのです。


 それに、そもそもそこから外れないと、人が生きていくことについて、ポジティブな意味は実感しにくいのではないでしょうか。


 AI社会到来の今、わたし達人間に残る「生きる意味」とは何かと言うと、難しいことは抜きにして、
「自分にとってとても個人的なこと」を、いかに大切に、つまり嬉しく、楽しく、面白く、ありがたく思えるかということにかかっているのではないかと思っています。


 他者と比べた時に自分の経験がつまらなく思えたり、価値がないように感じたりするような(とら)(かた)からは卒業できる時が来たということです。AIと同じ土俵で戦っても(かな)わないことでしょう。とはいえAIは敵ではなく、協力者であり、人類の伴走者なのです。


 もちろん、
「ではAIを除いて、人間だけで競い合いましょう」とルールを設けて楽しむことも、スポーツのような分野のように,
残る領域はあるかもしれませんが、
そういうことではなく日常において、
「自分にとって大切なこと」という極めて個人的なことを、他者と比べずに大切にする習慣を身につけていくことをおすすめしたいと思います。


 不幸のようなネガティブな感情(悪いという意味ではなく、本来の自分らしい在り方や状態からずれていく方向の感情)
を感じやすい人の思考回路(ブラックボックス)の中身は、自分と他者を比較して落ち込んだり、また優越感のような“仮そめの快”を感じたりする構造になっているものです。


 それはまるで赤ちゃんが初めてつかまり立ちをしたり、自分だけで立って歩いたりした時に、
「そんなこと、みんなできているのだから何の価値もない。それよりも早く自分で稼げるようになりなさい」と言うようなものです。


 たとえみんなができることや、誰かがすでにやっていたことであったとしても、自分ができるようになった、という経験や過程が嬉しく、また尊いことなのだということを、自分だけは忘れないようにしましょう。


 他者から見たら小さいことかもしれないけれど、自分にとっては大切だ、と、大切なものを自分で守れる力(考え方)を身に付けていきましょう。


 そうしたら、自分の目の前にどれほど優秀でうらやましいような人が現れようが気持ちのブレは小さくなりますし、また立ち直りも早くなります。そしてAIとも、協力者としてやっていくことができるのです。


 それではまた・・・。


(当ブログ「古今東西」も別ブログ「重ための話」も不定期更新)