今回は「失敗することがこわくて動けない」であるとか、あるいは
「しくじってしまった。やらなければ良かった・・・。」と怖がったり落ち込んだりしてしまっているという場合について少しお話してみたいと思います。
失敗を恐れることは日本の国民性のような部分があり、
まったく気にしないとか、あまり気にしないほうだという人のほうが少数派なのではないかと思われます。
とはいえ、だからと言って「気にするな」と言われてもどうしていいのかわからないし、でも気にし続けるのもつらい、という時はありませんか?
かつてわたしが「失敗した。やらなければ良かった」と思ったあたりの失敗経験からお伝えしますと、
「どうしたら失敗しなかったのか、どうしたら次回に同じ轍を踏まないのか、どうしたら次回に活かせるのか?」
とずっと考えていました。
一見良いことのように思えますし、いつも言いますように、こういったことも功を奏しているのであればまったく問題はありませんし、むしろその人にとっては正解だったりするのです。しかし、わたしの場合はうまくいきませんでした。それは自責思考で考えていたからです。自責型の思考回路が優勢な人にとって、自責せずにものを考えるということはとても難しい場合があるのです。
そもそも「失敗した!」という反応自体がネガティブな思考回路が頭の中に結晶化している証拠です。ネガティブ思考がネガティブな判断・直感を生み出し、そこから感情や思考が生まれ、思考回路をぐるぐると生命エネルギーが何度も通り、思い込みがますます強固なものになっていきます。しかも「眠れない」という状態になっていきます。これは「疲れすぎて気が立ってしまって眠れない」という状態とは違います。それはどちらかと言えば身体のほうの事情と言ってもいいと思います。身体のほうの事情で眠れないこともとてもつらく、また精神的な事情である「ぐるぐる思考」で眠れないこともとてもつらいものです。
現段階でわたしの経験からお伝えできる「ぐるぐる思考からの脱しかた」はざっと挙げてみますと以下の三段階となります。
◆ 鉄則① 責める他者から離れる
学校や会社など、世の中には反省文のようなものを提出してもらう場合があります。そういったことが必要である場合もあるのでしょうが、中には「失敗した人間には自責してものすごく苦しんでもらわないと気が済まない」という人々や、「他者の失敗が嬉しくてしかたがない」という‘’仮初めの快‘’が脳から分泌されてしまっているような人々もいて、
そういった人々は理由があってのことですので仕方がないことではありますが、しかし、思い切って言ってしまうと、失敗した側の人間にとってはあまりにもそういった人たちに合わせすぎることはキリがなく、おすすめできません。重大なケースについての言及は避けますが、日常の範囲での失敗において、誠意をもって謝罪し、懸命に説明責任を果たしているのであれば、あとはその後は失敗を責めてくる他者とどこまで共にいるのかはこちらにも選択の余地が出てくるのではないかと思われます。
◆ 鉄則② ネガティブなことが起きた場所から離れる
理由は鉄則①と同様なのですが、失敗した側の記憶が強化されるからです。何度も思い出すことは得策ではない場合があります。先述のようにネガティブな記憶が思考回路に固定化されると、電気的エネルギーが何度も流れて強化されることになり、信念、思い込みが強化され、自分についても、他者についても、ぐるぐるとネガティブなことばかり考えるようになります。
このようにして、感情、思考、行動といった反応というOUTPUTがネガティブなものばかりとなります。こうなった状態を『ネガティブ・ブラックボックス』化した、と呼んでいます。
ですので悔しいとか惨めだというネガティブな情動記憶を思い起こさせるような場所からも可能な限りすみやかに離れることをおすすめしたいと思います。(同じ理由から、ネガティブな記憶を思い起こさせるような物も、捨てて頂きたいと思っています。わたしの場合はつらかった時に持っていた物は、今は恐らくゼロなのではないかなと思っています。)
◆ 鉄則③ 自責思考から離れる
1● 思考ではなく感覚にフォーカスする
気晴らし、呼吸法、瞑想などで記憶や思考から感覚にフォーカスをずらし、心をフラットにします。ニュートラルな精神状態に戻す、という言い方でもかまいません。
そして「今」に集中してお導きを受け取るのです。あなたはいつだって、ハイアーセルフ、つまり内なる源や、守護天使たち、その土地の神々や妖精さんたち、動植物たちに愛されているのです。そのことを思い出してください。思考を使って自分を責める方向にエネルギーを注ぐことから、少しずつ彼らからの愛やお導き、宇宙からのシンクロニシティーに気が付く自分に戻っていきましょう。それが本来のあなたらしい自然な状態なのです。
2● 「幸福になるための教育」・・・アファメーションや具体的な方法を実践し、経験を積む機会にする
本当は失敗というものはなく、すべては学びや経験です。著名な経営者たちの言葉で「自分が成功したのは、人よりもたくさん失敗をしたからだ」というものがありますが、これは真実です。失敗というものは「やってみなくちゃわからなかった」ということであり、次に活かせばいい、というだけのことなのです。そして次回にどのように活かすのかは、何度も思い出して覚えておくことが必要だと自分が思うのであればそのようにすることが正解ですし、離れて忘れているようでも必要な時に自然と思い出して選択できる、という場合もあるでしょう。ケースバイケースですので、こういった塩梅も、トライアンドエラーを重ねて、自分でつかんでいくしかないことなのです。
3● 『マイ・ワールド』に集中する
自分らしい人生を生きるため、自分らしい幸福を実感している基底状態に戻るということです。逆の言いかたをすると、やり残しのないよう、悔いのない「自分への集中状態」に戻るということです。これが人間の活動においてもっとも安定し、意欲に満ち、発展的に生きている状態です。
いつも言いますが『マイ・ワールド』は決して高邁である必要も、他者に自慢できるものである必要もありません。ただし健康的でモラルに反しないものを『マイ・ワールド』として育てていきましょう。大切なことですので今後も何度もお伝えしますが、「公序良俗に反しない」という範囲で自分の世界を探し、見つけ、育てましょう。
これまでの人生においてずっと『マイ・ワールド』がなかったという場合はつかむのに少々苦労がある場合があるかもしれません。しかしいつしか、自分が苦しい時に、自分を支えてくれるようになります。そういった時は、ああ、自分、頑張ったな・・・と、自分に酔いしれるのではなく、つまり“仮初めの快”に酔うというよりも、「正当な自己評価」として自分を認めることができるようになるものです。こういった方法も「本当の自信の身につけ方」と言っても良いものです。
以上、とても繊細な話題であり、また各人によって異なる話を、今回はこういったお伝えのしかたをしてみました。人の苦しみとは本当に人により、ケースバイケースではありますが、本人さえ気が済んでいるのであれば(←これはとても大事なことです。自他への強要はできないものです)、原因は一切不問でもぐるぐる思考を衰退させることができる可能性がありますので、ご参考になる部分があれば嬉しく思います。
失敗は解釈と忘却時間による熟成を経て実体験としての実りとなります。今は苦しくても、「こんなのも実りになるのかな・・・」とでも思って頂いて大丈夫ですので、
お風呂に入ったり、好きな動画を観たり、また『マイ・ワールド』に浸る時間をとるなどしていったん離れ、思考ではなく「楽しい」「好き」「ほっとする」といったような自分らしい“快”感覚にフォーカスして、自分のポジティブな感覚を育てていきましょう。重症な場合は年単位かかるかもしれませんが、上記のやりかたを徹底して行うことによりぐるぐる思考自体が衰退し、代わりに自分にとって健康的な思考回路が育っていきますので、ある時「ラクになったかも・・・?」と気がつく時が来るでしょう。
それではまた・・・。