どうもこんにちはHiroです。
シェムリアップを2泊だけで去り、今日からカンボジアの首都プノンペンにやってきました。
プノンペンはシェムリアップに比べて人がとても多く、バイクや車、トゥクトゥクが所狭しと走っていて、本当に騒がしい街です笑
でも、戦後を生きた日本人の人の話によると、この状況、戦後の日本と重なる部分があるんだとか。
カンボジアがシハヌークを国王とする新しいカンボジア王国として再スタートを切ったのは1993年のことだとか。だからまだまだまだまだ発展途上なんですね。
今や世界に誇る先進国となった日本ですが、それはもちろん長い発展途上の時代があったからこそ。
暗い歴史があったカンボジアも、これからどんどん発展していくのかもしれません。
さて、そんなプノンペンで絶対行っておかなければいけないと思っていた場所が、キリングフィールド、そしてトゥールスレン強制収容所という場所です。
ポルポト政権下でのカンボジア内戦時、多くの人が虐殺された場所であるというキリングフィールド。そしてそういった罪もないのに反逆者・罪人の汚名を着せられた人々が収容され、拷問などを受けていた場所がトゥールスレン収容所です。
浅い知識ですが、本当に考えさせられる場所でした。
日本でも辛い歴史がありますが、カンボジアでは、同じ国の人同士が殺しあうという、悲劇としかいいようのない歴史がありました。
まず向かったのがキリングフィールドです。
ポルポト率いるクメールルージュという軍事組織によって大量虐殺が行われた場所ですが、カンボジアにはこのキリングフィールド以外にも、約300ヶ所の処刑地があって、そこで虐殺が行われていました。
その処刑地を代表して、慰霊碑などが建てられているのが、このキリングフィールドという場所です。
キリングフィールドでは、入場料3ドルと、オーディオガイドが各言語で3ドルで用意されているので、詳しく説明を聞くことができました。

ここが慰霊の塔です。
なかには何百という遺骨が収められていて、実際に見学することができます。
遺骨は、正式に鑑定がなされていて、どの年代の人の骨なのか、死因はなんなのかなどで分類されています。

柵で覆われたこの場所は、この下から多くの遺体が見つかった場所だそうです。
殺されては機械的にこの穴に放り込まれ、というのが繰り返されていたんです。

この場所は、キリングツリーと呼ばれる場所で、写真右手にまた柵が見えますが、ここも同様に、多くの遺体が見つかった場所なんだそうです。
ここでは、女性の遺体、更には乳幼児の遺体も見つかっており、残酷なことに、乳幼児もここで犠牲になってしまったんだそうです。
その内容はあまりにも酷く、書くことはできません。

ここはマジックツリーと呼ばれる場所です。
菩提樹であるこの木は、本来は神聖なもののはずですが、キリングフィールドでは、この木の場所から、大音量で革命歌と呼ばれる歌が流されていたそうです。
その歌が流されていた理由は、建前とは裏腹に、亡くなる人の叫び声をかき消すため。ここに連れてこられた人は、処刑されるのではなく、ただ移動するだけとして連れてこられているので、処刑をしているということを分かられてしまってはまずいと考えていたからですね。

次にやってきたのがトゥールスレン強制収容所です。
ここでは、罪もない人たちがほぼ飲まず食わずで暮らして、拷問を受け、時には処刑されたりしたといいます。
その時に使われていた道具や、受刑者の写真などが展示されています。
ここでも本当に目を覆いたくなるようなことが行われており、ポルポト政権下の残忍さを感じることができます。
さて、本当はもっと多くのことをガイドで学び、この目で見て、感じることができたのですが、その全ては本当に残酷なもので、こんなところに書くことができるものではありません。
それがついこの40年前まで、ひいては自分が生まれる10年前まで同じ世界で行われていたのかと思うと、残念でならないですし、でも今だに紛争などで苦しんでいる人は世界にいくらでもいるんだという思いにかられました。
さすがに今この時代でこのような大量虐殺が行われているということはあり得ないと思いますが、
ここで自分が感じたことのもう一つの大きなことは、
人が殺されるというのはもちろん非人道的なことであってはならないことだけど、それが何故牛・豚・鳥などの動物なら良いのか?
もちろんそんなことを言えば魚だって、植物だって命あるものだから、という考えももちろんあるけれど、
私たちの過剰な肉食によって、その食用にされる家畜たちは、非常に残酷な扱いを受けてます。
企業の利益のために、自分たちの満足感のために、何も感じずに、動物たちの命をただの食べ物として考えているのではないか、、
将来、仮にこのような肉食がなくなり、現在のような大量飼育、残酷な飼育環境、屠殺の様子などがなくなった世界ができたとして、
その世界に住む人たちは、今の時代のこの様子を見たら、僕が今キリングフィールドで感じたのと同じ感情を抱くのではないでしょうか?
それは、「何故こんな残酷で非人道的なことを何も感じずにできるのだろうか?」「どうしてこんな間違ったことをしてしまったのだろうか?」
など。
自分1人がやったところで世界は変わらないけど、
できるだけ環境破壊や大量虐殺の加害者にはなりたくない。
そんなことを1日考える日でした。