こんにちは!東南アジア周遊中のHiroです!

遂に、自分の中では小ボス「(勝手に)と位置付けていた、カンボジアに上陸しました!

 

勝手に小ボスと位置付けていたのは、イメージとして、まだまだ他の国に比べて発展途上で、治安もなかな安定してなく、少し危険なのかな、と思っていたからです。

 

まぁそれが当たっていたと思う反面、少し予想外な部分もあったりで、自分としてはとても楽しむことができてます!

ということで今日はかの有名なアンコールワットをはじめとするアンコール遺跡群に行くことができたので、その様子を書いていきたいと思います!

 

 

 

1、アンコールワットの歴史

さて、こういった文化遺産を目の前にして、ただ「おぉ〜〜綺麗〜〜〜〜」と感動したのだけで終わってはいけません(勝手に考えてる)

 

どうしてこのような寺院が作られたのか、どのようにして現代まで残ったのか、それぐらいは最低限知らないと、来た意味が少し薄れてしまうような気がしました、

 

なので、自分自身でもネットの情報だけですが少しでも勉強しようと思い、まずは予習しました!

 

①、9世紀にアンコール朝が設立、12世紀にアンコールワットが建設される

まず、カンボジアには1世紀ぐらいから国ができていたらしいです。そのなかで、9世紀にアンコール朝が誕生します。

日本の主要な城、大きな寺院などもそうですが、権力や権威の象徴として、12世紀に30年(長い!)の歳月を費やして、アンコールワットが建設されます。

 

当時はヒンドゥー教の寺院として建てられたそうですが、16世紀のタイミングで仏教寺院へと変わったそうです。

 

②、15世紀にアンコール朝は放棄され、忘れ去られる

15世紀になると、アユタヤ(現在のタイ)の攻撃を受けて、アンコールに首都を構えるのが難しくなり、現在の首都であるプノンペンに遷都します。

 

このタイミングでアンコール朝は放棄され、忘れ去られ、密林の中に埋もれてしまったのだそうです。

 

しかし、フランス領となった16世紀に、再び発見され、修復や増築が行われました。

 

③、第2次世界大戦後、ベトナム戦争が勃発

 

この間の歴史ももちろん多くありますが、そのあたりは省略、時は戦後に移ります。

 

戦後、再びフランス領となったカンボジアですが、シハヌークさんというリーダーの元、独立を目指し続け、遂に1953年、カンボジアは独立を果たします。

 

しかしまだまだ悲劇は続き、隣国ベトナムでベトナム戦争が勃発してしまいます。

 

 

ベトナム戦争は、北のベトナム軍と、南のアメリカ軍による戦争で、隣国であるカンボジアも、この戦いに関与せざるをえない状況になってしまいました。

 

④、悪魔のポルポト政権(クメールルージュ)時代

 

そしてこのタイミングで現れたのが、ポルポトさんが率いるクメールルージュという政党です。

 

カンボジアの独立に大きく貢献したシハヌークが、このポルポト側についたことが、悲劇の始まりだそうです。

 

ポルポトは政権を取ると、知識人や文化人を次々と強制労働させ、反抗する者は容赦無く虐殺していきました。

 

ヒトラーと同じですね。

知識がある人、力のある人がいるとそこから反乱が起こるかもしれない、だからそういう人間は消す、という考えです。

 

明らかに間違っているのですが、歴史とはこういうものなのかもしれない。

 

⑤、クメールルージュによってアンコールワットが破壊される

 

そんなポルポト率いるクメールルージュによって引き起こされたカンボジアの内戦によって、アンコールワットは破壊されてしまいます。

 

最終的にはクメールルージュはこのアンコールワットを守備の拠点として使っていたそうです。

 

周りを水に囲まれ、高い位置から相手の動きを見ることのできる最適な場所だったからですね。

 

ただ、こんなこともあり、寺院の大部分の仏像は破壊されてしまいました。

 

最終的にはポルポトは国境まで追われ、ようやくシハヌークを新たな国王とするカンボジア王国が誕生したのは1992年、なんと僕が生まれた後のことです。

 

被害者数は推計で200万人、もしくはそれ以上とされており、第2次世界大戦の際の日本軍の被害者数と同程度の数の人が亡くなってしまっています。

 

とても綺麗なカンボジアの世界遺産の裏で、こんなにも悲しい歴史があることを知ることができました。

 

2、さて、朝日はマストで見に行こう

 

さて、そんな感傷に浸っているだけではもったいない、この平和な時代に生まれ、このように世界を比較的安全に旅できていることに感謝しながら、絶景を見にいきました!

 

アンコールワットのまず最初の見どころをなんといってもサンライズ!朝日です!!!

 

アンコールワットは一応5:30からの入場となっているようですが、この朝日鑑賞のために実際はもっと早く空いているそうです!

 

僕もトゥクトゥクの予約をしたのが朝の4:45!!!早すぎる!!!!

 

でもナンバーワンクラスの朝日を見れるのであればもちろん起きよう!僕は時の番人!恐れることはない。

 

ということで朝4:40ぐらいにはトゥクトゥクのおっちゃんと合流し、まずはチケット売り場へ。

 

 

へへ、4:45からさらに早めて40分には出てやったんだ、俺が1番乗りかもしれねぇ、、

 

 

めっさ人おるーーーー!!!!!

こんなまだ真っ暗な時間帯にも関わらず、多くの人が列をなしていました。さすが世界遺産アンコールワット。

 

ここで1日入場券(写真付きですがその場で撮ってもらえます)を購入、37ドルもします!(高い!)

ちなみにカンボジアの通貨は米ドルが主流。自国通貨のリエルはそこまで多く使用されません。

なんでも、国民が政府のことを信用していないからなんだとか。そんな背景もあるのね。

 

 

そんなことはともかく、急いで朝日のベストスポットへ行こう!

 

ということで向かったのはアンコールワットに向かって2つ並ぶ池の、左側の池!

 

ここが最も綺麗にアンコールワットの朝日を見れる場所なんだとか。

 

 

僕もそれなりに急いだので、前から2列目をゲット!

 

そこで段々と白んでいき、徐々に姿を表すアンコールワットの姿を見ることができます。

 

奥にアンコールワットが見えてきました。時間は大体5時20分くらいで、だんだんと全体が白んでくる時間帯です。

 

個人的には、朝日が昇る前のこの時間帯が最も素敵でした。

 

世界ってこんな色になるんだ、そしてそれと見事に調和した寺院の姿を見ることができます。

 

でも正直、これは少し写真によって加工されちゃってるところあると思います。笑

 

実際はこんな赤くはなかったけど、それでもかなり綺麗だったな、、、

朝日が昇り始めてきました。朝日が昇ってくる場所は、季節によって異なりますが、僕が行った時はこんな辺りから昇ってきています。

 

この辺りで周囲の人も一斉に写真を撮ってましたね。とても貴重な一瞬です。

 

昇り終えた後、多くの人はこの辺りの時間帯で去っていくので、まだまだ写真を撮りたい、自由に写真を撮りたいという人は、もう少し残っていればかなり自由に撮影を楽しむことができると思います!

 

 

3、実際の寺院の見学をしよう!

 

ということでしばらく朝日の撮影を楽しんだ後、寺院の見学に行きます。

 

朝日の後は、結構多くの人が宿に一回帰り、朝食を食べたり少しゆっくりするので、比較的人としては少なめということです。

 

しかも、アンコールワットは西向きに建てられているため、午前中は(写真の通り)逆光になってしまうので、観光自体は午後がいいとされています。

 

それでも、かなり多くの人がいたけどね笑

 

かなり広いし、見るべき場所も多くあるし、細かい彫刻とか作りに関しては僕は無知なので、細かい解説はできません笑

 

アユタヤでもみたこの光景。どこでもこんなことが行われていたんだな。首のない仏像。

クメールルージュによって破壊されてんですね。

 

中に入って祠堂を間近に見る。

その作り一つ一つもとても精巧で、詳しくない僕でも見入ってしまう、、、

朝日を浴びた中央祠堂。

 

この祠堂には登ることができます。一度に入ることができるのが100人までということで、その入り口の前には列がなされていました。

 

僕が来た時には大体待ち時間は30分くらい。それならば許容範囲だろうということで登って来ました!

 

結構な急勾配だったので注意が必要!

これが中央祠堂からの景色です!朝日も綺麗でこの景色も絶景!

 

遺跡の全体を見渡すこともできます。

 

そんなこんなで、もっともっと時間をかけて回りたいところではあるけど、トゥクトゥクのおやっさんとの約束の時間もあるし、ってことで少し後ろ髪を引かれながら、寺院を後にしました。

 

 

これが最後に撮った一枚です。

 

これまた、絶景。

 

この時点でまだ朝の7時半。

 

まだまだ遺跡巡りは続きますが、今日はこの辺で、、