3月8日の記録です。

 

東日本震災の事を書いています。

辛い方は飛ばしてください

 
 

 

 

 

タクシーを降りて、校舎の真正面まで進みました。

 

 

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津波が校舎2階まで到達したことを示す看板。

 

 

 

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こんなに高い所まで水が来たのか。

目の当たりにするとその高さに言葉を失いました。

 

 

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荒浜小学校の説明看板。

 

私が映像で見た写真がありました。

荒浜小学校は海岸線から700メートル離れているそうです。

91人の児童が通っていたそう。

 

 

保健室の窓。

 

 

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保健室の横の、校舎の入り口に進む前に津波で流された二宮金次郎の銅像がありました。

 

 

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良く見つかったと思いましたが、わずか100メートル先にあったのですね。

台座ごと流されたことを読んで凄い津波の力を感じました。

 

 

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 校舎の反対側にある給食室の窓。

 

 

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校舎の入り口から2階の窓を見上げる。

 

 

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入ると中にも津波到達点がありました。

 

 

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水の跡がはっきりと判ります。

 

 

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廊下のこんなところまで津波がきたのか。

と思い、胸が痛くなりました。

 

 

 

 

階段を上り4階で色々な資料や映像などを見学して進みます。

 

 

進んで行くごとに段々と写真を撮ることも思い付かず、というか憚れるような気がして、ただただその圧倒的な資料達を見て進みました。

 

 

展示されている教室を一つずつ進んでいくに連れ、どんどん気持ちが塞がれる様な思いがしました。

 

 

震災前の街の写真やイラストで描かれたパノラマなどを見て、確かにここには人々の暮らしがあったのだということが判りました。

いや、思い知らされた、と言った方が良いのか。

荒浜小学校の卒業生達の語るビデオを観て、生の経験者の声を聞いて、何も言葉にできない自分がいました。

 

地震はとても怖かっただろう。

津波もとても恐ろしかっただろう。

 

 

屋上からの救助も大変だっただろう。

 

 

そして屋上に上がり、ぐるっと周囲を見回して、とても広さを感じました。

今は何も面影がありません。

 

周りに何も無い景色。

 

 

津波にあったということを知らなければ、田舎の長閑な良い景観としか思えませんでした。

 

すぐ目の前に海が見えて、遠くに高速道路と蔵王の山並みの見える、良い場所だなと。

子どもたちの遊ぶ声も聞こえます。

平和な景色。

 

 

14年前、震災さえなければこの平和がずっと続いていたのだろうな。

 

もう何とも言えない感情が胸いっぱいに広がりました。

 

単に悲しいとか、辛いとか、そんな言葉では言い表せない感情。

 

 心が重くなる。

 

そしてさっきの運転手さん達のように、この地に生まれ育って残された方達は何を思って震災の後を過ごしてきたのだろうか。

 

 

そう思うととても切ない。

 

運転手さんの話だと、全国の色々な学校から見学に来るのだということです。

 

結構な事だと思いました、全国中の先生たちに見てもらって子ども達に伝えて欲しいと思いました。

 

 

 

現実に見ないと判らない、見えない、覚えない感情があると思うのです。

そう思って、決心して来ました。

来て良かった。

 

とても辛くて、重い感情を覚えましたが、ほんの少し、本当にほんの少しでも被災地の方たちの気持ちが理解できたかも知れない。

 

 

そして羽生くんの思いも。

 

 

荒浜小学校の震災の記録のリンクです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう荒浜小学校。

 

 

 

そして仙台に戻り、昨日宿泊したホテルに預けていた荷物を受け取り、急いでその日泊まるホテルにチェックインしてギリギリ東口からシャトルバスに乗りました。

多分、最終の18時30分初のバスでした。

間に合って良かった、という気持ちで安堵しました。

 

 

 

バタバタと到着した2日目の公演。

 

 

 

 

その日は、冒頭の「ノッテステラータ」の演技が始まるとなぜか涙が出ました。

 

 

 

その日荒浜小学校の震災の記録を見て、荒浜の景色を見て、被災地の方達の思いを感じて、これまでの羽生くんの震災に臨む羽生くんの姿を見てきて、今目の前でノッテステラータを舞っている羽生くんの姿を見て、胸を打たれて涙が出て来たのです。

 

 

本当に大変だったね、羽生くん。

 

羽生くんはこの14年間、どんな思いで生きて来たのか、今日1日で少しでも理解できたのか。

それだったらいいのだけど。

 

 

そんな悲しみを払うような、崇高なノッテステラータの演技でした。

 

 

 

公演が終わり、仙台駅に戻ると懐かしい写真が目に入りました。

 

 

 

 

まだいてくれた。

 

 

 

 

相変わらず若くて可愛い羽生くんの写真を見て安心しました。

 

 

 

その日、ホテルに戻ってどこか夕飯を食べよう、と思っても、もうすでに11時過ぎていたので、お店がどこも空いてなくて、居酒屋なら空いているだろうと思い探したら案の定近くに見つけられました。

 

 

そこで地酒を頼んだら、偶然にも「はるこい」というお酒が!

 

 

 

ちょっと見づらいけど、「はるこい」と書かれてます。

ドブロクのようなお酒で美味しかった。

 

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元々は、「あたごのまつ」という日本酒の仲間のようです、こちらも美味しかったです。

 

 

 

 

 

たまたま空いてたので入ったお店でしたが、地魚や他の創作料理もセンス良くてどれも美味しかった。

 


 

煮凝り。

 

 

 

鶏肉の炙り。

 

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お店の名前をメモしてなかったので忘れてしまったのですが、今度見つけられたらまた行ってみたいな。

 

 

 

荒浜小学校から戻る頃はとても気が重かったのですが、公演を観た後はとても清々しい気持ちで幸せな思いに満ちていました。

 

 

やはり羽生くんの演技で昇華されて、そして萬斎さんとのボレロで払われたのかも知れません。

まだ明日一日公演がある、楽しもうと思いました。

その日も幸せな気持ちで眠りにつきました。

 

 

 

続く