なんだかなぁ。 -284ページ目

ダンナのこと

うちのダンナが若い頃に、夜な夜な公道をバイクで暴走・・・ではなく

夜な夜な路上で踊り狂うという奇行に走っていたのは

ゆーなさんとこ でコメントに残しましたが

その続きを。


これもダンナに聞いた話で、自分の目で確認はしていませんが

今のように教則ビデオもなければストリート系を教えるダンススクールもなく
ただただ黒人が踊るビデオを擦り切れるまで再生しては
チームのみんなであーでもない、こーでもないと振りを分析し
見よう見まねでスキルをモノにして行った日々だったそうです。

ダンナ以外のメンバー全員が全日制高校に通っていたため

どうしても練習は夜→深夜or早朝まで。

昼間は仕事、夜は定時制高校に通っていたダンナにはキツかったそうですが

それでも少しずつギャラリーが集まり、ファンや追っかけも増えて

充実と勘違いの青春だったようで(笑)


当時のビデオが何本か残っていて見せられたことがありますが

それにしては本当に、ビデオの中のみんなは抜群にカッコよかった。

当時のダンス仲間(別のチームの人ね)や先輩・後輩らの証言もあり

まぁ本当にそこそこイイ線いってたのではないかと思います。


うちのダンナはワケあり家庭に育ち、ちょっぴりアウトローな感じですが

ダンスを始めて、仲間と出会って、とてもシアワセだったと言っています。

『親がしてくれるはずのこと、みんなツレがしてくれたように思う』と。


結婚して12年目。

色々、本当に色々ありすぎて、私はずっとさみしさをこらえて、

こころがこわれて、からだもボロボロで、そうと気づかぬダンナは私にイライラして。

そんな暮らしぶりだったから、今ではダンナに愛なんて少しも感じないけれど

でも私の中の母性が、もう二度と彼をひとりぼっちにしてはいけないと

いつもいつもささやきかけるのです。


シアワセの絶頂は、本当にビックリするほど短かったけれど

彼との生活が私の成長にとって必要だから与えられたのだと思えば

なるほど、未熟な私には申し分ない教材です。

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ダンスと音楽とは切り離せないもの。
踊り好きが高じて音のほうにハマってしまったダンナはその後DJに転身。
音楽がきっかけとなって、私たちは出逢い恋に落ちました。


なぜなら私は元バンドマンでしたとさ(笑)