第二次大戦中のチェコスロバキアの
プラハで起きた
ナチス高官ラインハルト・ハイドリヒ暗殺事件に
ついての映画「ハイドリヒを撃て」を観た。
この暗殺作戦は
エンスラポイド作戦というコードネームで
イギリスと亡命チェコスロバキア政府に
よって計画され
チェコスロバキア軍の若い独身の男性たちが
実行メンバーに選ばれた。
そのうちの2人
ヨゼフとヤンを中心に物語が進む。
映画はハイドリヒの暗殺では終わらず
その後、実行メンバーや抵抗組織の男たちが
どのように追い詰められて
最期を遂げるかまでを描いている。
ナチスの徹底した報復は
想像を絶する恐怖と共に行われる
容赦なく。
私はこの映画を観て
実行メンバーを裏切るカレル・チュルダや
ヨセフの潜伏先の息子のアタの
モデルとなった人のその後が気になった。
日本のWikipediaでは
彼らのことが分からなかったが
英語版のWikipediaでは記載があったので
分からない単語を調べながら、その後を追った。
カレルの密告により、アタの家族は
実行メンバーに協力したことが
ナチスにバレてしまう。
17歳だったアタは連行され、拷問をされても
居場所を教えなかった。
しかし、水槽に入れられた母親の首を見せられ
知っていることを吐かないと
次は父親も同じ目に遭わせると言われ
ついに潜伏先の教会を教えてしまう。
その5ヶ月後、アタは
マウトハウゼン強制収容所で処刑される。
アタの父親、婚約者、婚約者の母親と兄弟も
同じ日に処刑された。
カレル・チュルダは
ラインハルト暗殺事件、そして実行メンバーの
壮絶な死の後、新たな身分を与えられ
ドイツ人女性と結婚し
戦時中はゲシュタポの協力者として生きた。
戦後は追い詰められて逮捕され
チェコスロバキアで国家反逆罪で裁かれ
有罪となり、自殺未遂の末
1947年4月29日に
絞首刑で35年の人生を終えた。
カレルは裁判で、なぜ裏切ったのかと問われると
「100万マルク(ライヒスマルク?)を前にすれば
あなたも同じことをしただろう」
と答えたと言われている。
この発言からは最悪な裏切り者のように思われるが
歴史研究家の調査によると
密告をした背景には、彼の置かれた状況も
影響したのではないかとされている。
他の作戦メンバーは、抵抗組織の協力者のもとに
潜伏していた。つまり状況を理解した上で
協力をする他人の元にいた。
しかし抵抗組織の一員だったカレルの場合は
家族と暮らしていた。
誰よりも先に家族を危険に晒す状況にいた。
暗殺事件の報復と、犯人の情報を得るために
ナチスは2つの村を消し去った。
うちのリディツェ村には当時500人程度の
人々が暮らしていた。
199人の15歳以上の男性は全員銃殺された。
195人の女性と、95人の子供たちは
別々の強制収容所に連れ去られ
そのほとんどが殺されたり、病で亡くなった。
この一件でカレルは、ナチスの恐ろしさを
さらに思い知らされたのではないかと思う。
もしも、ナチスに見つかった場合は
ただ自分が殺されるのだけでなく
親兄弟が、身近な者達がどんな拷問を受け
どんな殺され方をするのか
それを考えざる負えない状況は
どれだけの恐怖を彼に
植えつけたことだろう。
彼は密告をしたことで
自身と家族の死を免れ
懸賞金を手にした。
彼はその後の人生をどのように生きたのだろう。
罪の意識に苛まれのではないかと想像してしまう。
彼は裏切り者であり
被害者であり
多くの命を救った者でもあった。
もしも彼の密告が無ければ
捜索は難航し、報復はさらに続き
犠牲者は増えたと思う。
結局、何をどうしても救いがない…
観ているのが辛い映画だった。
そして、モデルになった人々のことを
思わずにはいられない映画だった。
その中でヨセフ役のキリアン・マーフィーの
最後の表情が素晴らしく、美しかった。

