意思の不存在(欠缺)
ここでは前回お話した意思表示の不備について、もっと詳しくみてゆきたいと思います。今回は意思の不存在のほうをメインで話を始めて行きたいと思いますが、意思の不存在には心裡留保、虚偽表示、錯誤があるということは先に説明しましたのですでにご存知かと思います。まず心裡留保ですが、これは民法93条に規定されていて、それによると「意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない」とあります。表意者がその真意でないことを知ってする行為――つまり「これはカレーです」と言ってウンコを食わすこと――これはウソをついてもその通りの効果が発生するぞ、つまりウソをついたらそのウソを本当にやらなくちゃならなくなるぞってことです。ここで月並みな疑問を呈しておきたいと思うのですが、昔っからよくやる「ウソついたらハリセンボンのーます」っていうアレなんかにこの民法93条を適応しちゃうと、今頃世の中は死人だらけになってるんじゃないかと不安に思いますよね。実際、人との付き合いなんてウソがなけりゃ成り立たないし、それに誰しもが自分にウソをつき続けて生きているのですから…(ぜんぜ関係ない話ですが)。そんな時の救世主が、民法93条但し書きにある「ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は無効とする」という規定です。誰だって相手がハリセンボン呑めるなんざ本当は思っちゃいないわけですよ。本当に怖いのは針を千本呑むことなんかじゃない、人の信頼を失うことなんだってことですね(´∀`)イヤマジデ
続いて虚偽表示。規定は民法94条1項「相手方と通じてした虚偽の意思表示は無効とする」ですね。簡単に言えば通謀虚偽表示、つるんでウソをつこうってことで、例えば私が借金取りに追われて、親から受け継いだ権田山を取られそうになっていたところを、友達の梶原さんと通謀して土地の名義だけを彼に移転しちゃったりすること、これが通謀虚偽表示です。これは条文によって全部無効にされちゃいますが、ただし例外があります。それは94条2項にある「前項(94条1項)の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない」という規定です。私は梶原さんと通謀して、見た目は完全に梶原さんが土地の権利を持っていますが、仮にその土地を目当てに1000万だすと梶原さんに言い寄る武山さんという人がでてきたとしますね。梶原さん的には「しめしめ、本当はsimに権利があるのに…」と真実を知っていますから、「どうぞどうぞ」といって内心ほくそえみながら武山さんと架空の土地の売買契約を行い、1000万をもってマカオに逃げちゃいます。そうすると後になって武山さんは気づくわけです、「梶原の野郎、俺をだましたな!」と。しかしこの場合武山さんは善意、つまり梶原さんが本当に権田山の権利を持っていると思って1000万を渡したわけですから、規定にある「意思表示の無効」、つまり「実はウソでしたー!」と私が悪びれもせずに武山さんに対抗することはできないというわけです。しっかり武山さんに権田山を明け渡さなければならない――これは紛らわしい外観を作ったヤツ(私)が悪いという、権利外観法理という民法の考え方が根っこの部分にあるからなのです。
もう少しこの94条2項について突っ込んで行きたいと思うのですが、この条文にかいてある「善意の第三者」ってのは何なのでしょうか。善意というのは「知らなかった」ということですが、そこに「無過失」は含まれないのでしょうか。というのは、昔小学校の通学路でよく下校の時に割り箸でできたゴム銃やら、色とりどりのヒヨコを売っている香具師のオッサンがいたかと思いますが、何故か知りませんが無性に欲しくなったものです。しかしそんなうさんくさいところでうさんくさいカラーヒヨコを買って、それでもって家に持ち帰って数日で色が落ちたからといって、今風に「返品したいのですが…」なんて優雅なこと言ってるほうが、私は恥ずかしいと思うのです。たった数百円で、「騙される」という貴重な経験を安全にさせてくれたあの香具師のオッサンに対して、そんなことを言うのは失礼だし、そもそもその頃には、その抜け目ないオッサンは何処か他の町にトンズラしてしまってます。騙し騙され、人はそうやって強くなってゆくんだということを信じてやまない私ですが、つまり私が言いたいのは「ダマされたほうが悪いんじゃね?」ということです。しかし通説では「善意の第三者」は善意であることは要求されても無過失であることは要求されません、なぜならやっぱり通謀虚偽表示をした連中がイチバン悪いからです。善意の第三者とは、当事者及び包括承継人以外の者で、「虚偽表示による法律行為の存在を前提として、新たに独立の利害関係を有するに至った者」だと言われています。分かり易く言い換えれば、虚偽表示の信頼を前提として、梶原さんと武山さんのような全く異なる利害関係における第三者のことです。独立の利害関係、というのが少しわかりにくいかもしれないので少し説明を加えておきますが、例えば怒った武山さんが私に「梶原から1000万を回収してくれたら1割やるよ」と言われ、調子に乗った私がマカオいる梶原の所へ「梶原てめえ1000万円返せ」と強迫しに行った場合、私は武山さんと梶原さんとの紛争における第三者となりえるのでしょうか。答えはNoです。なぜなら私と武山さんとの関係は「独立の利害関係」ではなく「委任契約者の関係」であるからです。なかなか悪いことはできないようになってますね(;´Д`)ノ
まだまだ94条2項の懐は深いので、みなさんにはもう少し私といっしょに勉強してもらうこととなりますが、世の中には法律では割り切れないってことが山ほどありまして、通謀虚偽表示も決して例外ではありません。例えば畠山敏郎さん(72歳)が箱根にある自分の土地の名義を、借金のある銀行による財産没収の手から逃れるために、彼の息子である畠山昇平さん(49歳)の名義に息子の承諾を得ずに勝手に登記していたとして、オヤジの土地が自分の名義になっていることに気付いた飲んだくれ放蕩息子である昇平さん(49歳)はすぐさま友人の桜田さんに箱根の土地を売り飛ばしてしまいました。こういう場合、敏郎さんと昇平さんとの間に通謀虚偽表示はないのだから、民法94条2項の第三者保護規定は適用されずに桜田さんは泣き寝入りするしかないんじゃないのっていう話になるわけですが、実はこういうケースの場合、裁判所の必殺技である「類推適用」が行われます。「いや実際、敏郎も昇平も、虚偽表示しとるようなものじゃないか?」ということで、この場合も虚偽表示と同じように94条2項が類推適用されちゃいます。つまり第三者である桜田さんからしてみれば、こんなのはバカ親子の茶番なわけで、この場合敏郎に紛らわしい外観作出の帰責性があり、さらに桜田は完全に昇平を信頼している、こうしたことから権利外観法理が適用され、94条2項の類推適用が可能ということになります。裁判所って正義のためなら解釈でどこまでも行ってしまうのね(((゜д゜;)))ガタブル
最後は錯誤。条文は民法95条「意思表示は法律行為の要素に錯誤があったときは無効とする」ですが、まずこの難しい用語である「要素」は「重要な根っこ」とでも思っていただければ良いかと思います。この錯誤と、前にお話した心裡留保がゴチャゴチャになる人もいるかもしれないので詳しく説明しますと、錯誤とは「意思の不存在に対して表意者の認識が欠けていること」と言えば立派な定義になっていると思います。つまり自分が間違っていることすら自分で気付いていないのです、勘違いなのです。しかしながら、ヒトコトに「錯誤」といっても、実はコレ、突き詰めてゆけばかなり複雑な論点ともなりうるのが厄介なところで、例えば意思表示を行う動機の段階で錯誤(動機の錯誤)があるのか、それとも効果意思の段階で錯誤(内容の錯誤)があるのか、はたまた表示における錯誤(表示の錯誤)があるのかで断然性質が変わってきます。そもそも人が物事を成そうという場合のプロセスは、大まかに考えれば「何々したいという動機」があって、その次に「効果意思(法律行為を成そうという意思)」が発生します。そして最後に「具体的な意思表示」が行われるわけですが、まず動機の錯誤とは、例えば私がイトーヨーカドーで「NUDA」というナイナイの岡村が宣伝している美味そうな清涼飲料水を買ったとしましょう。見た目も青い包装で爽やかだし、こいつは美味いだろうと思って買った私ですが、実際に口をつけてみるとどう考えてもただの炭酸水にしか思えない。やられた、もっと美味しいのかと思ってた!これが動機の錯誤です。次に内容の錯誤ですが、その「NUDA」が実は「ポーション」だった場合。同じ青だからついつい間違って買っちゃった、これが内容の錯誤です。最後に表示の錯誤ですが、例えば私が大学入学のための下宿を借りたいと思ってインターネットで「駅から徒歩5分!」と宣伝していたアパートとロクすっぽ確認せずに仮契約してしまったけど、後から大家さんに会いにアパートに行ってみると駅から徒歩5分というのは大嘘で、余裕で15分くらいかかるところにあった場合、私は「ウソを書くとは!」と大家さんに怒るわけですが、これが表示の錯誤です。
長くなりすぎたので改行しますが、表示の錯誤は簡単に理解できるかと思います。前にパソコンの広告で本当は10万円の商品を間違って1万円とタイプミスしちゃった会社があって、急いで買い注文を出した客がその会社に「おい、俺たち善意なんだぜ?払えよ!」と詰め寄った事件がありましたが、これなんかが表示の錯誤にあたります。これに比べて動機の錯誤と内容の錯誤って殆ど違いがないよな?って思う人が大半だと思いますので詳しく説明をしていきたいと思いますが、まず通説として動機の錯誤は「錯誤」とは認められません。認められるのは「内容の錯誤」と「表示の錯誤」だけなのですが、確かにNUDAがいくら不味かったといっても、もうフタを開けられてるのにマズいからというただそれだけの理由で返金請求されちゃったら、店側もたまったもんじゃありません。問題は、NUDAとポーションを間違えるのとそれにどのような違いがあるのってことですが、ポイントは「表示」と「内心」にズレがないかということです。人は「○○を望んで(内心)、こうこうしてくれと表示」します。内心とは相手にやって欲しいこと、言い換えれば相手がやるべきことであって、それ以外の心の作用は動機と言われます。イトーヨーカドーの例の場合、相手である店員がやるべきことは「商品の個数や金額、適正な位置に適切な商品を適切な表示で置いているか」ということであって、「NUDAを美味くすること」は店員さんの仕事じゃありませんよね。「NUDAが美味しかったらいいのにな」というのは「相手がやるべきことを期待する」以外の作用ですから、それは単なる個人的な動機であるといえます。しかしNUDAではなく間違えてポーションを買ってしまった場合は、これは単純に動機の錯誤であるとはいえません。NUDAのなかに店員がミスって一本だけポーションが混ざっていた場合(あり得ませんが)などは、これは明らかに内容の錯誤であると言えると思います。ただし動機の錯誤と内容の錯誤は非常に紙一重な部分があって、例えばある大阪の露店で、ブランド物のニセモノばかりを取り扱った店があったとして、そこに偶然通りかかった朝比奈さんという京都のお嬢様(21歳)がルイヴィトンのバッグに並々ならぬ興味を示されたとしましょう。しかしお嬢様がよくよく見ればそれはルイヴィトンではなくルイバトンと銘打たれたニセモノだったのですが、それでもお嬢様はそのバッグが気に入ってしまいます。そこでお嬢様は「そのルイヴィトンのバッグ下さる?」と聞くわけですが、お嬢様のおつきの二宮は内心「お嬢様は勘違いしてらっしゃる」と思ってお嬢様にこっそりと耳打ちするわけです。結局お嬢様は顔を真っ赤にして「いきましょ!」と二宮をおいてどんどん先に行ってしまわれることになってしまうのですが、もし仮にお嬢様が「そのルイバトン下さる?」と行っていたらどうなるでしょうか。本当にお嬢様は間違えているのか、それとも分かってて敢えてバトンのバッグが欲しくなったのか、二宮は混乱してしまいます。冷静に考えれば「内容の錯誤」なんですけど、頭が混乱しそうですよね。
ただし、いくら「錯誤は無効」だいっても、やっぱり現実にはふざけるなといいたくなるような出来事があるわけで。例えば私はあるときテレビを買いたいと思い、広告にあった25型フラットテレビ25000円を求めて近所のベスト電器という電気店に行ったことがあるのですが、どこを探してもその品がないので店員に聞いてみると、「ああ、これはミスですね」と言われて、腹が立ったことがあります。話を聞くところによれば、本当は40000円くらいするテレビだったらしいのですが、それにしても店員の「は?俺は関係ないからね」と言わんばかりの態度が気に入らない。謝罪せえと。実は民法95条の但し書きには「錯誤は無効だが、ただし表意者に重大な過失があったときは、表意者は自らその無効を主張することが出来ない」とあります。まあこれは重大な過失ではないにしても、例えば新しくオープンする山崎予備校がベスト電器に100台の25型フラットテレビ(25000円)を注文していたとして、そのほかの予算もギリギリで計算していたとしますね。それなのに土壇場になって「ああ、これはミスですね」とはやっぱりいかないと思うんですよ。予備校的にはサテライン授業というビデオブースによる受講がウリなのに、肝心のテレビが手に入らないとなってはこれは大問題なわけです。こうした事案においては、おそらくベスト電器のミスは「重大な過失」であると判断できるため、ベスト電器はしぶしぶ25000円で山崎予備校にテレビを売らなければならないというわけですね。
ふう、なんとか「意思の不存在」について説明することができたかと思いますが、最後にひとつだけ付け加えておきます。錯誤による無効主張は、本人によってなされるのが原則です。は、あたりまえじゃん?と思われるかもしれませんが、実はコレ結構重要なことで、例えば私がNUDAだと思ってポーションを買ってしまった場合、私以外の人が突然「あなた、無効主張できますよ!」などといって、チャリに乗りかけの私を引っ張って店の店員に「なんでNUDAのところにポーションを置いてるんだ!」と私の代わりに錯誤無効を主張されたら迷惑です。なぜなら、「くそっ、間違ってポーション買っちゃった…」と意気消沈しながら家に帰って、まあいいかと思ってポーションを飲んで、「あっ、結構いける」と判断してしまった場合、それはそれで私的には問題はないからです。それに大阪の露店の話にしたって、実際は敢えてニセモノを買おうと思ってくる人ばっかりだと思うんですよね。勿論95条但し書きは相手方が悪意だった場合には、表意者による無効主張は全く制限されないことは断っておかなければなりませんが、そういうニセモノを買う人で無効を主張する人なんてみたことがないでしょう?小さな悪をこっそりと見逃すところに、大きな悪は生まれます。法律ってのは、性善説に基づいて作られているんでしょうか、まあいくらいいもの(民法)を持っていても、それを使う側が阿呆だったら、どうにもならないってことで今日はしめくくりたいと思います。(´д`lll)キビシイケドホントノコトダ 次回は「瑕疵ある意思表示」をやりたいと思いますので、楽しみにしておいてください。