終戦 | 片付かない部屋のアトリエ

終戦

 もうすぐ終戦の日のようですね。

人口の推移などを資料にレポートを作成していた今日(7月31日)。

高校時代に国語の先生が、『敗戦の日』というべきだと考えている人で、その考えはもっともだと当時の私は思いました。

そして、ついさっきまで国語の先生の主張も正しいと思っていましたが、

出生数を表現するときに「開戦後…」とかいて、その後に「終戦後の…」と書いたときに、開戦の対義語はもちろん終戦だよなぁと思い、敗戦と書くのは不自然だと感じました。客観的にデータを処理するときには「終戦」という表現がふさわしいです。あえてバイアスを入れて敗戦と書くことは非常に主観的な印象で、学術文書に不相応でしょう。

単純に戦争が終わった日ということで「終戦の日」。あえてナショナリズムから離れた表現をとっています。むしろ「敗戦の日」という表現は危険な表現のように思えてきました。終戦の日という表現が負けを認めていないのではなく、勝ち負けという評価からはなれた、より単純な表現をしているだけだろうと再認識しました。

私は敗戦してないとか、戦後の裁判が不当だったとか、批判(評価)するつもりはないです。敗戦も戦勝もなく終戦といえる中立を評価したいと思います。



 そんなことを考えていたら、昨夜見ていたNHKのガンダム特集の監督についての番組を思い出しました。偶然チャンネルを変えたら朴ねぇさんが映っていたので見ました。(朴さんを植木の法則で知って好きになりました、その後獣星王とおっかけ視聴してw)

その中で、ガンダムの監督がはなさん(タレント)と俳優(カッコイイ方です、名前をしりません(;^_^Aごめんなさい)とのゲストトークで「会社の経営者から、金になるという理由だけで続編を作れといわれて嫌だった」みたいな内容の話をしていて、驚きました。自分の作品世界が完結していて、それに無理やり続編を作るのが嫌だということは想像できますが(3部作で作って続編を求められても困るとかw)、「(経営者が)こういうガンダムをつくりたいから一緒にやらないか」って言って欲しかったという話をされていました。(ファンからの要請が強かったという話も有るようで、やむなく経営者が作る決定をした可能性もありますが)

でも、金になるから作ってと依頼されることって、監督にとっては最大の評価がされているような気がしますが。経営者や投資家に未来の世代についても考えて欲しいと監督は言っていましたが、刹那的な商売をしていることはないと思います。

ガンダムの監督、富野由悠季氏ですね。(今ぐぐりました、お顔はすぐに思い浮かぶのですが)。作品の評価は(視聴履歴が少なすぎて)私にはできませんが、監督はカナリ魅力的な人ですw 対面して反論したいですw