習字 | 片付かない部屋のアトリエ

習字

今、東京駅で子供が書いた書道作品を展示している場所があるのですが(ちょっと前はアニメ系の即販コーナーでマクロスの缶を買いたい衝動を抑えて通過してましたw)

今は習字が飾られているのですが、おそらく大臣賞とかもらっちゃってるのかもしれませんが。

そこで、私は作品を(数秒ですが)見て、納得したのです。

あぁ、すばらしい、子供はこういう字を書くべき。(私が吐き気を覚える価値観、いわゆるヘドがでるw)

掲載作品が優秀であるとすんなり納得する自分がいて、驚きました。

これが、もう若くはないということでしょうか。主催者の評価基準と類似の価値観が私の中にある!!!

大人が傲慢にも子供を評価、選別する基準が、とうとう、私の中にも。

そしてなにより、その基準が保守的なのが嫌だw

かつて(小学生のころ)、私は書道教室に通い、賞を取るために頑張った時期もありました。

そのころ、長期休暇後に(書道作品を)提出するのがあたりまえでした。

で、優秀作品を後に見るのですが、いつも思うことに、「大賞より佳作の方に上手い作品があるのに」という感覚がありました。大賞より佳作のこの作品のほうがお手本に近いし、バランスもいいし、なにより美しいのに。とか思いました。

(いや、お手本自体が恣意的な基準によって作成されたものだったのかもしれませんが当時はそこまで考えが及ぶことはありませんでしたw)

今は、ちょっと太すぎたり、かすれたり、自由に表現している「のび」(個性?)の部分のほうを評価しようという考えがあり、美しさよりも、「子供らしさ」(ヘドがでますねw)を尊重しよう!という評価をしてしまっているようです。


でに、自分の行動や思考を「合理的でない」とか「恣意的である」とか評価して萎縮したら、なんにもできなくなってしまうしw 政治があんなに感情的なんですから、一個人も感情的なことが自然なんでしょうね。