三度許すな原爆をウクライナの空に | 空乏層のブログ

三度許すな原爆をウクライナの空に

私の父親は白血病で他界した。広島市に投下された”特殊爆弾”の調査に市内に入った。江田島の海軍士官学校の教員をしていて、その朝にピカドンを見て、それが原子爆弾と知りながら爆心地付近に入ったのだ。その時、二次被曝したと思われる。その20年後に白血病を発症し、53歳の短い命が絶えた。未だに二次被曝と白血病の因果関係は学問的には立証されてはいないそうだが、チェルノブイリの例をみても、それは明らかだ。

今、プーチンはそのボタンを押す瀬戸際に立たされているそうだ。誰か、この狂人を倒す義勇の人はいないのかと思う。反戦デモ、支援の寄付も、SNSでの支援もこの男には届かない。昔、安保粉砕デモで日比谷公園から銀座まで手と手を繋いで道路いっぱいにフランス・デモをして行進した。その時、何故か冒頭にある”ああ、許すまじ原爆を、我らの空に、・・・”という詩を叫んで歩いた記憶がある。私には、若かりし故に安保粉砕と原子爆弾の脅威との政治的関連性は分からなかったが、ただ煽動されるままにそう叫んで銀座まで歩いた。

結局は、安保条約は60年改訂がそのまま延長され、日本は米国の51州目の米軍基地優遇国家となった。その傘の下で日本は核攻撃から免れているという幻想風聞が日本中を覆い、そして現代まで続いた。

ウクライナ東部、南部前線での野戦はウクライナの勝利が近いそうだが、クリミヤ奪還を前に、ロシア国内から発射されるであろう、主要都市機能全滅を狙った陸・海・空の数千基の核ミサイルをウクライナ領空で破壊する手立ては無い。

我が父は悪さをする幼い私によくこう言って言冷めたものだ、”バカは死ななきゃ治らない”、・・・と。

人類は死滅するまで核戦争を繰り返すのか、残念ながら、プーチンがそれを押す前にその指を切り落とす義勇の人に任せるしかない様だ。