悠々自適な育児日記 -7ページ目

悠々自適な育児日記

よろしくお願いします

出産の時の事。


23日(日)の朝から間隔的にお腹が痛み出して、

もしかして陣痛か!!

と思ったけど、しばらくするとその間隔と痛みは遠退いていった。



そんな感じが1日中続き、規則的な痛さになってきたのが日付が変わって24日(月)のこと。

10分間隔が8分になってきたところで、産院に連絡した。

すぐに来て下さいとのことだったので、登録していた陣痛タクシーを呼んで産院へ。

産院までは10分もかからない距離だったのに、タクシーを降りた時には痛みの間隔が更に縮まっていた。



産院に着いたら、何故かいきなり分娩室へ!

最初は陣痛室で子宮口が全開になるまで待機するのだと教わっていたので、いきなり分娩台に乗せられ少し戸惑った。(今思えばただ単に空いていたからかと)

この時点で子宮口は6cm。たぶん午前中には産まれるだろうとのこと。


陣痛は徐々に痛みも間隔も増してきて、旦那に腰を押してもらったり水を飲ませてたもらったりで何とか耐えられた。

ただ途中で、陣痛の波が弱まった際に赤ちゃんの心拍も下がっていたらしい。

どうやら私からの酸素が足りないようで、酸素マスクを途中からつけられた。


更に陣痛自体も弱まってきていたらしく、痛みと眠気でフラフラな意識の中、

助産師さんに

あ「このままだと赤ちゃんが出てくるのに大変なので、陣痛促進剤使いますね~」

と言われ、促進剤を投与された。

これでやっと我が子に会える時間がもうすぐなのかも!と少しテンションが上がった!



しかし、その後何故か吸引分娩の装置が分娩台に横付けされて、もしかして私って難産なの?!かと凄く焦った。

吸引は痛いと予習していたので、それだけはなるべく避けたいと思った。


そうこうして痛みの合間に寝たりしていたら、いつの間にか窓の外が明るくなっているのに気づいた。
たぶんその時の時間は7時位だったはず。



その後は、とにかく痛みに耐え、合間に寝る。

の繰り返しだった。


隣の分娩室からは何組かの赤ちゃんが産まれ、泣く声が聞こえていた。


私も早く楽になりたかった。



そして陣痛も佳境か!?

という位の腰が砕けそうな痛みの中、

ついに待ちわびたあの言葉が聞こえてきた。


「もうすぐですよ~。陣痛に合わせていきんで下さ~い!」



キタ!!

ついにキタキタキタキタッ!!!!

やっといきめる!


私は痛みに合わせていきんだ。

泣き叫ぶこともなく、静かにいきんだ。

いきみ方を助産師さんに褒められた。


痛みの中、麻酔を打たれ会陰を切られた。

痛みもなく切られる感覚が不思議だった。


そんなことを思いながら、会陰を切られた後は助産師さんが手を突っ込んで、上手にお産の手助けをしてくれた。

助産師さんスゲー!

私には絶対出来ないなこの仕事。

助産師さん神だわー!

とか、割とどーでもいいことを考えていた。


何回かのいきみで頭が出て、その後すぐのいきみでやっと体が出てきてくれた!


お産終了である!!


赤ちゃんが出てきてくれた時の感想は、


やっと終わった・・・。


気分は明日のジョーの最終回の矢吹ジョーのそれだった。

真っ白に燃え尽きた。


妊娠中のお花畑な時には、

出産終わったら絶対号泣もんだよな~。

とか思ってたけど、

実際は涙なんか流して感動してる暇なんかなかった。


とにかく疲れた!!

私お疲れ様って感じで。



と、いうのも、

1200ml程の出血で、貧血でぐったりだったのである。

普通500ml位なのかな?

出血多かったね~。と先生に言われました。


結局、お産は午前中に終わったにもかかわらず、安静のため夜まで分娩室で過ごすことに。


この日の夜は後陣痛が痛かったな。



こうして産院に着いてから7時間ほどの安産で、私の初めてのお産は終わった。
さて、念願の妊婦生活に入ったわけだが、これが予想していたよりもしんどかった。


まず、悪阻。


6週目辺りから始まった。


とにかく吐き気&胃のむかつきが辛かった~!
食欲はやや落ちたけど、ご飯はちゃんと食べられた。


私は所謂、食べ悪阻というやつで、胃の中に何か入っていないと気持ち悪かった。
その為、ちょこちょこと簡単に食べられる、一口サイズのドーナッツをよく食べていた。
おかげで悪阻中にとても太ってしまった。

それでもやっぱり嘔吐は1日2回はしていたので、本当あの頃は辛かったな~。


そして悪阻が治まってきたのが4ヶ月の半ば。
安定期に入った時にはすっかり悪阻もなくなり、体も精神的にも随分楽になった。


ようやく好きな物を沢山食べられる!
と思いきや、初期に急激に増えた体重のせいで産婦人科で

『体重注意』

と、母子手帳に判子を押されてしまった。


それからというもの、毎日カロリーを気にしての食生活が始まった。
散歩も毎日1時間はしたり、なるべく体を動かすようにした。


そのおかげか、安定期から後期まで体重の増加は2キロ以内に抑えることができた。


しかし、臨月に入り3キロ近く増えてしまい結局トータル10キロ増での出産になった。


臨月は太る、というのは本当だったのだと実感した。


あと、予定日を5日超過したのもあるのかな。


とにかくまぁ妊婦生活は特に問題もなく過ぎていった。


そして出産、待ちわびたその時がついに来た!

妊娠が判明したのは7月が2週間程過ぎた頃だった。

妊活に励んでいた私は、妊活においての基本中の基本となる『基礎体温』を毎日記録していた。

結婚式が終わってから付け始めたので、この時点で自分の生理周期や低温期、高温期のサイクルも大体掴めてきていた。


妊娠がわかったのは基礎体温の高温期がいつもより続いたから。


基礎体温って妊娠すると本当に高温期が
続くんだー!と驚いた。


検査薬をして即、陽性反応がでた!
確か生理が遅れて3日後位に検査をしたはず。


その日は日曜日で、旦那が休みで私はパートがあった日。
朝一のトイレで検査した私は、ゆっくり寝ている旦那を叩き起こして報告。


寝ていた旦那はスッカリ目を覚まし、2人で、喜ぶというよりは只今驚いて信じられないね~って感じだった。


通院していた婦人科には、今すぐ行っても胎嚢はまだまだ確認できない時期だろうからあと1週間したら検診してもらおうと思っていた。


待望の妊娠なのに、検診に行くまでは


子宮外妊娠だったらどうしよう...とか
初期流産しちゃったら...
など素直に手放しで喜べずにいた。


そんな気持ちの中、妊娠検査薬使用後から3日過ぎた辺りで少量だけども出血をした。


不安に思ってた事がまさか本当に起こってしまったのかもっ?!
と、すっっっごく心配になって、結局1週間も待たずに婦人科にて受診。


エコーで見てもらうと、ゴマ粒並の小さな胎嚢が確認でき、無事に子宮内妊娠できていた。


出血に関しては今は特に何もできない時期だから、とりあえずまた2週間後に来るようにとのこと。

その後出血もなく、2週間経ったので再受診。


胎嚢も大きくなっていて心拍も確認できた!


この時にやっっと安心でき、妊娠できた事を喜べた。


母子手帳も貰ってきていいよ~と言われたので、すでに始まっていた悪阻で体が怠い中、次の日に母子手帳をもらいに行った。


母子手帳を手に取るとより一層喜びを感じた。


私も今日から妊婦だと。