こんにちわ。皆さんご機嫌いかがですか?コーネリアスです。今回は、ちょっと空想の世界というか、もし現代に昔の日本人、我々の先人たちがタイムスリップして来たらどうなるでしょうか?という、一風変わった事をテーマにしてみたいと思います。あくまで僕の勝手な空想の世界なので、宜しかったらどうぞ気楽にお付き合い下さい…

昔の人と、そもそも言葉が通じるんだろうか?

 

 昔の人が現代にタイムスリップなんて話、映画かドラマであったような気もします。でも、もしですが昔の先人が今の時代に現れたと仮定した場合、幾つか興味深い事に気付きます。先ずですが、そもそも互いに会話が成り立つのでしょうか?つまり言葉が通じるかという事です。これ結構厳しいんじゃないでしょうか?江戸時代のお侍さんでも、今の我々と言葉は通じないんじゃないかと思います。まして言わんやこれが平安時代の人とかなったら、これはもう相手は殆ど外国人みたいな存在に思えるんではないでしょうか?多分それくらい違っているように思います。因みにですが、こうした事は何も日本に限った事でもないようです。シェークスピアは16世紀のイギリスの劇作家ですが、当時の英語と現在のそれとはかなり違っているのだそうです。今では見られないスペルの単語も多々あるのだとか。なので、イギリス人でも昔の人と現代人とは、コミュニケーションは取れない、若しくは取るのがかなり難しいみたいです。

 

 さて、上記のような問題もありますが、例えば、平安時代の清少納言が現代に現れてジェット機を見たら何と表現するでしょうね?『大きな鳥が🦅飛んでおるのう。あれこそが伝説の鳥、鳳凰か?それにしても、変な鳴き声じゃ…いささかうるさいのう…』と言うんじゃないでしょうか。また、もし自衛隊のヘリコプターを見たら、『うわー!大きなカブトムシじゃなあ…』と、こう言いそうに思います。ジェット機には、確かに翼があり鳥っぽいですが、ヘリコプターには翼はありませんからね。それに見た目もずんぐりむっくりでカブトムシっぽいからね。何で僕がこう思うかというと、人というのは自分の目で『見たもの』、耳で『聞いたこと』でしか認識が出来ない筈だと思うからです。平安時代に空を飛ぶものなんて視覚的に認知出来るものは、鳥か虫くらいしか居なかったでしょうからね…

人はその時代、時代で認識した事でしか世界が理解できない筈…

 

 次に江戸時代の天才数学者、関孝和を考えてみましょうか。もし彼が現代にタイムスリップし、以下の方程式を見た時、彼はどう反応するでしょうか?

僕は、先ず彼はきっと凍りつくと思います。何故なら、これらのものに理解が出来ないからです。このアルファベットとアラビア数字の意味するところが分からないと思うからです。また、この=って何?となろうからです。因みにこの関孝和という人は数学界では凄い人で、円周率の計算の研究、微分積分の研究、連立方程式の解き方の確立者としてかなり有名な人です。特に微積分の研究に関しては、ヨーロッパのニュートン、ライプニッツが有名なのですが、実はこの人、彼等とほぼ同世代の人なのです。全く同じテーマ研究を洋の東西で同時期にやってたという事ね。そんな天才さんなんですから、アルファベットとアラビア数字と=の意味さえ教えてあげれば、『なんじゃ、そういう事であったか。じゃ、答えは簡単じゃ。』となりそうに思えます。だって、これの本家本元の人なんですから…

江戸時代の天才数学者、関孝和

 

 一方で、こんな事もあるかもしれません。たまにTVなんかで見かけますが、アメリカ大統領なんかのいわゆるVIPの人たちの警護をする人、ボディガードと呼ばれる人たちね。この中には当然ですが黒人の人なんかもいるわけですね。で、もし織田信長が現代にタイムスリップして来てこの光景を見たら、何と言うでしょう?それも、日本人のVIPの警護をしていたとしたら…

信長は自分のボディーガードに弥助という人を召し抱えていました。

 

『何だ、500年後の世界もワシの弥助のような者がおるのだなぁ。変わってはおらぬようじゃのう。其方らに教えてやろう。黒人ボディーガード採用の元祖はこのワシじゃ。今から500年前の戦国時代にワシは既にやっておったぞ。どうじゃ!』とね。そう、これは事実なのです。当時信長のところを訪れたカトリックの宣教師のいわゆる『黒人奴隷』だった男を金を払って買い受け、自分の近習、今で言うボディーガードとして召し抱えたのです。奴隷というのは、人間扱いされない存在だった為、当然ですが当時この男に名前はありませんでした。その彼に信長は、『ちょっと待て。それじゃ、ワシもやりにくい。お前を呼ぶ時困るじゃないか。そうじゃ、ワシが名前を付けてやろう。弥助、うん弥助が良い。本日只今より、おぬしは弥助じゃ。弥助と名乗れ。』こんな感じで、何と新しい主人信長から名前まで付けて貰いました。この時の弥助の心中はどんなものだったんでしょうか?感激のあまり大泣きして信長に忠誠を誓ったんじゃないかと思います。そもそも何で信長は、この弥助を自分の部下にしようとしたのかという事ですが、おそらくは弥助の身体能力に惚れ込んでの事ではないかと思います。記録によると、弥助の体格は、身長約183cm、筋骨隆々で、怪力の持ち主であったようです。当時の力士と相撲も取った事があるようで、その際相手の力士を軽々投げ飛ばしています。きっとこの点が信長に気に入られたんじゃないかと思う次第です。因みに、信長は弥助に帯刀も許しています。即ち、弥助は、武士になれていたという事です。当時、アジア人以外で武士になれた者は一人としていませんでしたから、彼は、アジア圏以外で武士になった第一号であったようです。凄い記録ですね。

弥助は、現在のモザンビーク(東アフリカ)出身者との事です

 

 こんな感じで、此処日本に住む同じ民族ではあるのですが、時間軸が大きく変われば、まるで別民族くらいの差異が出て来てしまうんだなあと思います。特に時代が大きく変われば、思想、慣習、伝統も大きく変化してしまう為、互いが理解し合うのは、確かに難しいと思います。でもね、満開の桜🌸を見て美しいと思うのは、今も昔も変わらないと思いますし、日本のシンボル霊峰富士のお山を見て、『美しい…何と荘厳な事か…』という感想を持つのも同様ではないでしょうか?つまり、論理の世界ではなく感情、感性の世界ね。此処は、互いに共有出来る領域のような気がします。なので、突然バッタリ過去の先人さんたちに出逢ったら先ずは、難しい話は止めて例えば『花見で一杯』と洒落込んではどうかと思います。互いに満開の桜🌸でも見ながら酒でも酌み交わす。そこに言葉は要らない。で、もしこの相手が信長だったら、『おお、美味い酒じゃ、それに何と美しいことかのう桜というものは、おぬし、そう思わぬか?よし、ワシは舞うぞ!』と言いつつ、お得意の、かの有名な幸若舞、『敦盛』を舞い始めるかもしれませんよ…『人間五十年…』とね。また、これが天神さまこと、菅原道真公だったら、神が与えた天性の才を活かされて、見事な御歌を一句詠われるかもしれません。こんな感じで、心のコミュニケーションというか感性のコミュニケーションで互いに理解を深めるというのはどうかなと思う次第です。この時に、その橋渡し的役割を果たしてくれる有難い存在が、神様の指紋の付いた我が国の『美しく、麗しい大自然』なんじゃないかと思うんです。