こんにちわ。皆さんご機嫌いかがですか?コーネリアスです。今回は、時代の大きな転換点ということで、明治維新についてお話したいと思います。『時代の大転換点』=パラダイムシフトの話、前回は、先の大戦の戦前と戦後についてお話しました。これが今から76年前の事でした。で、思えば今から約150年前にも大きな時代のパラダイムシフトがこの国で起きていました。で、もしかしたら、当時としては先の大戦の時よりも大変な大転換だったのではと思うのです。それが明治維新です…

この時代、日本は優秀な人財に恵まれていた…まさに神の恵み!

 

 明治維新、これは必ず学校の歴史の授業で教わる事ですね。何かアメリカの、ペリーの来航がキッカケとなり、様々な幕末の動乱を経てようやく日本の近代化が始まる、近代日本の黎明期みたいな感じの教え方でした、私の時の先生はね。だから何というか、江戸時代は闇の時代、世界に遅れたダメな時代、一方で明治時代は光の時代、良い時代みたいなね。でも、これホントでしょうか?寧ろ逆じゃないですかね?こう言いたいのは、最近になり色々な江戸時代の研究が盛んになり、新事実が次々と動画などで紹介されて来ているからです。そしてそれらはどれも数々の当時の歴史書、日記などといった証拠に基づいており、信憑性が高いからです。それらからは、江戸時代というのは、ある意味で大変平和であり、人々が互いに助け合い、決して裕福(つまり貧乏)ではないにしろ、貧困が存在していなかった(但し、飢饉などのやむを得ない事例もあるが)良い時代だった事が分かって来たからです。逆に言うと、当時の先生たち、ボクが子供だった時の先生たちは、一体何を根拠に『江戸時代=遅れたダメな時代、暗黒の時代』と決めつけてボクらに教えていたのか?そもそもそれって唯物史観じゃないの?貧乏の中にも幸福はあるし、裕福な中にも不幸はあるのにね。その辺、弁明をお聞きしたいものです…いずれにしても、明治になり、この日本は全てが大きく大転換しました。これは事実です。このパラダイムシフトぶりは過去に類を見ないものだったのではと想像します。だって、それまでの暦、太陰暦からいきなり太陽暦です。暦が大きく変わります。数百年続いて来た武士という存在が無くなります。人々は皆等しく苗字というものを持たされるようになり、年貢に代わって税金というものをお国に納めなくてはならなくなり…と、ホント当時の人々は大変だったのではと思います。こうした変化を私なりに一言で言うと、『西洋型日本国家への大転換』と言えるのではないかと思います。つまり、江戸時代までに培って来た日本のスタイル、特に政治、経済、軍事では、その当時の欧米列強には歯が立たない。よって『仕方が無いので』取り敢えず手っ取り早くここは欧米流を『輸入』する事で国の形を一旦変え、植民地にされないように、サバイバルしようというものだったように思えます。これは当時の世界史を見ると確かに正解だったと思います。ある意味選択の余地が、それしかなかったというものですね。それにしても我々の当時の先人たちは長年継続してきた日本流を捨てて、いきなり全然違う『異民族の文化、流儀』を国の制度として取り入れて、これまたそれを器用に消化し、使いこなしたわけで、何と変化対応に強い、臨機応変な人々だったのでしょうか?現代に生きる者として、私はホント驚きます。もしかしたら、これこそが我々日本民族の真の強さの源かもしれないと思います。

 でも、この大きなパラダイムシフトで失ったものもありますね。武士という存在とか、太陰暦のようなもの。こうしたものは当時の世界基準からはある意味確かに遅れた存在だった事は否めませんが、同時に長い事この日本を支え続けてくれたものでもあったわけで、私個人としては何か寂しいものも感じます。武士に限って言いますと、確かに武士は無くなった。でも私は、『武士道精神』は生き残ったと思います。その証拠が当時の『和魂洋才』という言葉に凝縮されています。西洋の優れたシステム、技術は積極的に学び、取り入れるが、常に心は日本の心、武士道精神だぞ!というもの。時代の流れで武士が無くなるのは仕方ないが、その精神、心までは決して失わないぞ、というものではないでしょうか。その後我が国は、こうした心構え、精神性のもと、皆一致団結し、猛烈に政治、経済、軍事力を高め、気が付けばあっという間に欧米列強に追い付き肩を並べるレベルに、それも短期間で達成出来たのです。これもまた凄い事です。この頃の歴史学んでいて思います。こんな国世界的に見ても日本だけです。この点は、私は素直に日本人として誇っても良いのではと思っています。先人たちのこの『頑張り』をね。褒めてあげましょうよ、せめて子孫のボク達くらいは。じゃないと先人たちが気の毒だ。だって、あまり学校でこういう風に先生たちが言わないからね…自虐史観ばっかりなんだから…

 この当時の世界の列強の様子を見ると、どうも幾つかの国は日本を植民地にと狙っていたようなのです。アメリカ、ロシア、フランス、ドイツ等々です。ですがアメリカでは南北戦争が起こりそれどころじゃなくなり、ロシアも国内事情でタイミングを逸し、フランス、ドイツに至っては、戦争が始まりこれもそれどころでは無くなってしまいました。ラッキーだったんです。そして日本はこの間に急速に軍事力を短期間に高める事に成功し、お陰で植民地化を防げたのです。私はこれは全くもって『神の恵み』だと勝手に思っています。だってそうでしょう。こんなに都合よくしかも同時多発的に次々と起きますか?あたかも、『ふざけるな、お前たち!日本を征服はさせないぞ!』神が仰っているかのようです。何か目に見えない大きな力がね…ところで、先ほど私は明治維新の頃の日本人が変化対応力があり、臨機応変だったと語りましたが、これは先人たちがこうした事を自然から学び、DNAの中に刻み込まされた結果ではないかと思います。春夏秋冬に富む日本の大自然からの恵みといっても良い。というのも、我々日本人は古来から自然と共生して生きて来ました。当然ですが、自然というのは実に変化に富んでいます。我々は自然を変えられない。我々が変わるしか術は無いのです。生き残る為にはね。そうやっていわば自然が我々の師匠の如く我々に色々と試練を与え、それに揉まれてきた民族である故に様々な困難、問題が発生しても頭の中を切り替えて変化に対応出来るようになったのではないかとね。

 それと最後に一つ。これは大事な事ですが、明治維新というのは我が国にとって、かつて無い非常に大きなパラダイムシフトだったわけですが、そんな中でも一つだけぶれずに残った存在がありました。それが天皇の存在です。政治、経済を中心に大転換した日本でしたが、しかも政治的トップの徳川将軍まで交代となったにも拘らず、また価値観も大きく変化した時代でしたが、天皇だけは昔と変わらず天皇だったのです。国体の中心はぶれなかったわけです。いや寧ろこの後、天皇を中心に一致纏って行き、大きな国難を乗り越えて行ったように思えます。私はこういうところを見ると、やはりこの国は、いわゆる『天皇を中心とする家族主義的国家』だと思うのです。三島由紀夫じゃないですが…政治体制は何主義でも良いのですが、最後は天皇を中心にアットホームに纏まるという特性が我々日本人にはあるように思えます。