こんにちわ。皆さんお元気ですか?コーネリアスです。今回は、我々のご先祖さんたちの事、そしてこれと宗教、神道との関係性をお話したいと思います。皆さん、考えた事はありませんか?今、自分が此処に居る。その為には、父母が必要ですね。この2人の父母にもそれぞれまた父母がいた訳ですね。私から見たらそれぞれ父方、母方のお爺ちゃん、お婆ちゃんですね。全部で4人になります。で、この4人にもそれぞれ父母がいたわけで、私から見たら曾祖父さん、曾祖母さんになりますが、全部で8人になりますね。こうして遡って計算してゆくとずっと前のご先祖さんまで合わせると、今此処に居る1人の人間には、何と夥しいくらいの数の人が、先祖が関わって此処に存在出来ている事になると思いませんか?私コーネリアスは、こんな事時々考えるんですよ。そう考えると、今自分が此処に存在出来ているという事は、長〜い私の一族の血脈の歴史のお陰というか、そうした事の賜物、恵みとして自分があるんだと思うのです。勿論、私個人はこの一族に『産まれたい』とか思っていたわけではないですよ。いつも言ってる事ですが、オギャーと産まれてみたら、この一族だったわけです。なので、ここはいわゆる『神の御計画』だと信じています。神様に何らかの御計画があって、日本人のこの一族をお選びになり、そこに私が産まれるように仕組まれたという事ですね。で、今度は産まれてみて、改めて分かったのですよ。自分の存在とそれに関わった『人々』の事が…これが『ご先祖さま』だとね。

日本人には先祖を大切にする心がある…

 

お爺ちゃん、お婆ちゃんには会った事もあり、人となりは見知っていますが、それ以上の以前の人には、私は会った事もありません。なので、当然ですが、どんな人なのかなんてのは知る由もありません。もしかしたら、もの凄い悪人だったかもしれませんし、犯罪者だったかもしれない。ですが、いずれにしても今ここに私が存在して居るのは、存在出来て居るのは、こうしたご先祖さんたちのお陰、結果だというのは事実ですね。こんな時私コーネリアスは、自然と『感謝』の気持ちが湧いて来るんですよ。不思議とね…理屈じゃないんだよな、こう感じるのは。私の『意識』がそう『思わせる』、『考えさせる』のでは無いのですよ。ただ、『感じる』だけなんですよ。読者の皆さんは、どうですか?なんかこういう事を考えていると、やはり仏教というのは深いなぁと思うのです。だって、仏教の教えの中核は、『縁起』(関係性)ですからね。この世の事は全て関係性から成り立つというもの。一見無関係な関係にも、いわゆる『無関係の関係』が成立すると説きます。全てが『繋がっている』という思想なんです。すごいなぁ…当たってるよ…

 ところで、皆さん、お盆やお彼岸てあるじゃないですか。あれって大体お寺さんでやったりしているから、仏教由来の行事だと思ってますか?これ、違うようなんですよ。私も最近知ったのですが、これのルーツは実は神道のようなのです。というのも、本来仏教にはいわゆるご先祖さんという思想は無いんです。ていうか無かったんですね。仏教が日本に伝来して、日本で神道と融合(神仏習合)して始まった考え方、行事のようなのです。で、この先祖に関して色々行事を持っていたのが、何を隠そう神道であったわけです。後に仏教側がそれを取り入れて今に至ったというのが本当のところのようです。この点につきまして著されている本をご紹介したいと思います。葉室頼昭さんという方の『神道のこころ』という本です…

 

 

葉室頼昭さんという方は、大学の医学部を出て、一旦医者として活躍されていたのですが、そもそも名家の生まれの方で、先祖は藤原氏なのだそうです。いわゆる貴族の家柄ですね。で、お爺さまもお父様も人生の後年神社の宮司になられたようです。そもそもこの方の藤原氏というのが、平安時代宗教行事を司る役割の一族だったのだとか。ユダヤ教でいう『レビ族』のような存在の一族なんです。そんな縁もあってかこの方も医者を辞めて宮司に、それも藤原氏と関係のとても深い春日大社の宮司になられた方、一風変わった経歴をお持ちの方なのです。読んでみると、とても読み易く一般人に『神道とは何か』をわかり易く語られています。コーネリアスお勧めの一冊です。最近読んだ中ではとても良い一冊でした。

 ところで、日本の神道というものですが、これは宗教では無いんですね。じゃ何かというと、『日本の伝統』として位置付けられています。どうして宗教と言えないかというと、いわゆる『聖典』が存在しないからです。ユダヤキリスト教なら、聖書が、イスラム教ならコーランが、仏教ならお経が存在してますね。でも、神道にはそれに該当する聖典が無いのですよ。祝詞というものは存在しますが、あれはいわゆる聖典とは違います。神道に関して言葉で明確に語っている唯一のものが私は古事記、日本書紀ではないかと思います。ですがこれも、我々に何かを伝える、教えるという内容ではないので、同じく聖典とは言い難いものです。どちらかと言うと、『神々の歴史書』的な書物、外国で言うところのギリシャ神話と同じような神話と言える内容かと思います。

 で、こうした神道のことをある歴史学者の先生が、『神道=先祖崇拝=日本の先祖を神格化したもの』と定義付けています。この方は、東北大学名誉教授で、歴史学者でもある田中英道先生です。先生によると、確かに神道には聖典が存在しない為、いわゆる宗教という分類は出来ないが、そこに神を祀っているのも事実。そういう意味からこれは、日本人と神のある種特殊な関係性、独自の『日本の伝統』とおっしゃっています。つまり、宗教のようで宗教とも言えない、日本人と神様の関係、ホント微妙なのですが宗教じゃないので敢えて言うというと日本の伝統、日本の文化とカテゴライズされるという事ですね。

 ところで、このblogを書いていて私コーネリアスは、ふと旧約聖書のある箇所が閃きました…それが『モーゼの十戒』です。十戒の第5条『汝の父母を敬え』です。このフレーズ、ごく当然の内容のように思えますが、考えてみれば、父母=先祖とも言えそうにも思えます、やや広義な意味ではね。それに、愛に満ち溢れた聖書の神様が、自分の父母だけを尊敬して、その先に居る先祖は尊敬なんかしなくていいぞ、なんておっしゃるでしょうか?なので、この教えはこう解釈も出来るかと思います…『汝の先祖を敬え』と…この解釈、もし間違っていたら、大変ですので読者の皆さんの中で、何処かの教会の牧師先生いらっしゃったら、お教え頂きたいものです。でも、私の中ではある種確信に近いものがありますが…という事で、兎にも角にも皆んなで先人たち、ご先祖さまを大切にしましょう!