こんにちわ。皆さんご機嫌いかがですか?コーネリアスです。今回は、日本とユダヤの関係をお話したいと思います。日本とユダヤに関しては、よく引き合いに出されるのが、『日猶同祖論』ですね。確かに色々と証拠になるものも発見されているので、あながち否定できないと思います。古代の秦氏の存在とかね。古代中国の文献にも、それらしき人々が居た事が証してあるので、間違いなくこの東アジアまで来ていたんでしょうね。お疲れ様です。中東イスラエルの地から遥かこんな遠くまで。この人たちが旧約聖書で言われる、『失われた10氏族』の人々かどうかは、現下分かりませんが、いずれにしてもよくこんな遠くまで来たもんだなと私は単純に感心してしまいますし、同時に何故かなとも思います。こんな極東の地まで行こうと彼等の心に決めさせたのは、一体どんな想いだったのかってね…もしかしたら、天の父(神)の啓示が当時彼等にあったのかとかね。旧約に出て来るアブラハムがそうでしたから。カルデアのウル(現在のイラク南部)に住んでいた彼は、神の啓示により、カナンの地(イスラエル)を目指したと書いてあります。西に向かったんですね。これと逆に東に向かったという事か…で、少なくとも中国の文献に記事があるという事は、確実にユダヤ人たちは中国には居たわけで、そうすると彼等の中で日本へ向かう人々がいても全然おかしくはないわけです。可能性としては大ありなんですよね。

謎が多い日本とユダヤの関係(眞名井神社の裏家紋はダビデの紋章である六芒星)

 

 このユダヤと日本の関係については、戦前から特にイスラエル側がよく調べていたようです。どっちかというと、日本人はあまり興味がないというか、そんな感じだったようです。色々な調査で出て来た双方の類似点は以下の通りです…

①日本語、ヘブライ語の類似性→約3500単語に相互に意味をなす単語が存在する。有名なところは、君が代、ソーラン節、相撲の掛け声等々…

 

②日本の神社の配置とユダヤの幕屋の配置の酷似→両者を真上から見た時、その位置関係が非常に酷似している。

 

③神社儀式の旧約聖書酷似性

・大山祇神社(大三島神社)→一人相撲の儀式→旧約聖書創世記第32章23節〜33節、『ペヌエルでの格闘』の酷似性→ヤコブが神らしき存在と一晩中相撲を取ったとされる箇所…

 

 

 

・諏訪大社→御頭祭→8歳の子供をテーブルに括り付け、刃物で刺し殺そうと振りかざした瞬間、別の人がやって来て『あいや!待たれよ!』と、それを止めようとする儀式。この儀式が行われる山の名は守屋山。→旧約聖書創世記第22章1節〜19節『イサクの燔祭』→神がアブラハムの信仰心をお試しになられた場面。→神がアブラハムに自分の子イサクを生贄として捧げるよう命令→アブラハムはそれに従い、我が子イサクを生贄として捧げようと、刃物を振り上げる、その時、天使が『アブラハム、アブラハム、その子に手を下すな!あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ…』と止めに入る。この事が起こった山の名がモリヤ山。

 因みに、上記大山祇神社の大山祇神(大三島大明神)は、私コーネリアスの一族の氏神でもあります。私の一族の出自は愛媛県だからです。確か一族の名が神社の記録にも残っています…なので、この点は他人事とも思えません…何故なら、この神社の建立時から私の一族が関与しているからです。

 

④神社の鳥居の朱色と出エジプト記の類似性→日本の神社の鳥居は朱色が多数→旧約聖書出エジプト記第12章1節〜28節『主の過越』→神がモーゼたちユダヤ人に『各家の鴨居と入り口の二本の柱に羊の血を塗るように』とお命じになった事。

 

⑤山伏とユダヤ人の装束の類似性→山伏は額に兜巾(ときん)を着けている。これに対し、ユダヤ人は、額にこれとよく似た小さな箱(テフィリン)を着けている。テフィリンの中には、彼等にとって大切なトーラー(律法)が入っている。また、山伏は法螺貝を吹くが、これに対しユダヤ人は角笛を吹く。双方の音はとてもよく似ている。

等々です…

 

★有名な日本研究者

・マービン トケイヤー→アメリカ生まれのハンガリー系ユダヤ人。ユダヤ教ラビ。何度か日本に来日し、イスラエル研究者であった、皇族の三笠宮崇仁親王とも親交があった。

マービン トケイヤー氏

 

・エリ コーエン→元駐日イスラエル大使。大使職の傍ら、日本研究に熱心で、日本に関し複数の本を書いている。

エリ コーエン元大使

 

 まあ、ざっと調べるだけでもこんな感じで結構色々あります。これ以外にも、有名な『秦氏ユダヤ人説』や、『弓月君と数十万のユダヤ人の来日説』なんかもありますね。ただ、ここで私コーネリアスが注目したいのは、②、③、④についてなんです。いずれも神様が関わっている事です。世界広しと言えど、こんな一致を見ているのは、日本とイスラエルだけです。仮にこれを偶然の一致と見るとすると、その確率は気の遠くなるような確率と言わざるを得ません。逆に古代にユダヤ人たちがこの国にやって来たと考える方が自然なように思います。そして彼等は遠い我々の先祖たちと和合し、平和的に共存したと思います。何故なら、記紀神話を読んでも彼等が戦争を起こした形跡が無いからです。いや、寧ろ彼等は天皇を立て、自分たちは常に裏方に徹し、日本歴史の表舞台に立つこと無くずっと縁の下の力持ち的存在として生きて来ているように思えます。機織り技術を伝え、平安京建設に貢献したりしたように。どういう経緯かは分かりませんが、彼等はここに来て自分たちの神を我々の先祖に押し付けるような事はしていないように私コーネリアスには感じられます。彼等にも何かしら変化があったのかも…もしかしたら、神道=日本の自然信仰+ユダヤ教の産物かもしれませんね…