涙 | 伝えたい人、音にならない考え事

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演劇、表現活動での色々。独りよがりだけど伝えたい、そんな支離滅裂。

私はあんまり泣かない。人前では特に。昔から、泣くときはトイレに篭って泣く。女子か。


泣いた回数が少ないから、涙のエピソードは全部印象深いものになる。




1番覚えてるのはつい最近。

生まれて初めて、自分のせいで本番を1つ落としてしまったときのこと。関係者からは「相当引きずってんね」と笑われる(多分気遣い込みで)んだけど、当事者としては一生笑い話にできない。史上最悪の涙。

詳細は省くけど、マチソワ間に救急車で運ばれて、ソワレには確実に出られないって分かって。しかも原因がただの疲労。病院でずっと泣いてた。情けなくて申し訳なくて、どうしてもみんなに直接謝りたくて、病院から劇場に泣きながら戻って。「自分が悪いんだから泣いてないでちゃんと謝らなきゃ」と思って劇場入る前に気持ち整えたのにドア開けた瞬間に泣いた。人がいる前で声上げて泣いたのはあれが初めてだったなあ。その後、色んな人から心配の連絡をもらって、本番を見せられなかったのにたくさん声かけてくれる人もいて、また泣いた。

その後もめちゃくちゃ引きずって、公演が終わった後も、このまま芝居を続けるか少し悩んだ。同じことを繰り返さない自信がなくて、迷惑かけるくらいならもうやめようか、とか。

今となっては、続けてよかったなと思うけど。


コロナがあって、公演ができるのが当たり前ではないことが、演劇関係者みんなに実感されてしまったけど。コロナだけじゃない。本番に漕ぎ着けるのって、色んな人の努力と気遣いの賜物。どうしようもないこともあるからほとんど奇跡。それだけのものを背負うって、責任って、ただ頑張るだけじゃないんだと学んだ。




1番を話すとどうしても暗くなってしまうので、希望的というかちょっと面白い涙のお話を。


これはもう何年も前。演劇始めたての頃。とある座組みの本番翌日、起き抜けに泣いた。当時の私はお芝居もコミュニケーションも下手くそで、気持ちはあるのに上手く表せなくて。でもその座組みはめちゃくちゃ楽しくて、みんな本気な上に楽しんでて(それでいくと今のぴかぶしすの座組みにちょっと似てるかも)、私にはめちゃくちゃ輝いて見えた。で、表には上手く出せなかったけど楽しく本番を終えて、疲れて寝て、翌日起きて、布団の上に座ったまま、めっちゃ泣いてた。ロス、ともちょっと違うと思うんだけど、あの時の感情は今だに言語化不能である。ただそのときの自分を客観的に思い出して、なんかおもろい。心を手に入れた獣みたいだった。理由の分からない涙ってあるのね。もらい泣きですらないから余計におもろい。



なんだか締まりのない文章になっちゃったけど。今日は本番だったし先に長文ブログ一本書いてるから許してください。

寝ます。