頑張る | 伝えたい人、音にならない考え事

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演劇、表現活動での色々。独りよがりだけど伝えたい、そんな支離滅裂。

意気込みを聞かれたときに強い言葉で答えられない。失敗したときが怖くて、いつも予防線を引いてしまう。


最近「頑張る」が口癖になっている。


少し前、心身共にやばかった頃、ツイートの語尾にかならず「頑張る」をつけるみたいなことを無意識でしてしまっていた。自分で気づいたけど、後から人に聞いたら「本当に心配したよ」と言われてしまった。


努力は裏切らないなんて言うけれど、嘘だと思う。頑張れば頑張るほど〇〇に当てはまる言葉は「疲れる」以外にはないと思っている。努力は無駄だとは全く思わないけれど、努力すれば絶対に上手くなるとか、そういうのは時と場合によってしまう。


だから、「頑張る」という言葉は便利だなと思う。結果は伴わなくてもとりあえず「頑張った」事実があれば誰かが褒めてくれる。「結果を出します」だったら求められるのは当然結果だけど、「頑張ります」だったら注目されるのは過程。そういう言葉のずるさを分かりながら、私は「頑張る」を吐いているのかも知れない、と最近思う。



話は変わる。


今回の個人的なテーマは、「甘えない」こと。忙しさに甘えない。諸先輩方に甘えない。自分のキャパのなさに甘えない。これから出てくるであろうお芝居での余裕に甘えない。あとは多分、稽古の楽しさにも甘えちゃいけない。


正直、今だにずっと怖い。お喋りとか、お芝居とか、ちゃんと拾えてるのかな、仕掛けられてるのかな、届いてるかな、これで合ってるのかな、みたいな。うまくできない。大抵後で思い返して「あれはどういうことだ?」「あ〜失敗した」の繰り返し。自信はいつもない。脳内は常に大反省会である。

初めましての人とちゃんと関われるようになるまでに年単位で時間のかかる私だから、コミュニケーションでは戦えない。だから、仕事で見せるしかない。

みんな優しいし稽古場は楽しいからついつい空気に飲まれそうになるけれど、能力で置いていかれることだけは、それで迷惑をかけることだけは、私の場合あってはならないと思っている。練習に人の倍時間がかかるなら、他の人が1時間やっている間に2時間分の練習をしなくちゃいけないし(矛盾は承知)、全体の「普通」の水準に、何がなんでも追いつかなくてはいけない。

まあ今回は人数がめちゃくちゃ多いしダンスやらアクションやら初めてやることばかりだから、緊張してるだけかも知れないけど。


とにかく甘えないよう、のまれないよう、日々吐いている「頑張る」は、そのずるさに対する自戒も込めて。「頑張る」という言葉のずるさにも、甘えないように。



本当は、頑張ったりせずに(少なくともそう見せずに)何でもさらっとこなせるような、そんなプレイヤーになりたいんだけどな。どうやら自分のタイプはそうではないらしい。トライアンドエラーなんてせず、頭の中の計算が確実に具現化できる人、いるんだよなあ。すごいなあ。もちろんその裏には着実な基礎の積み重ねがあるんだろうけど。脳みそだけは、どう頑張っても器用にはなれそうにない。


もちろん、稽古場でそんなことうじうじするのは無駄だし失礼なので、後からこうしてぽちぽち悩んでいるわけなのですが。本当はこんな思考、垂れ流すこともないのだろうけど。テーマを与えられると考えてしまう。考えてしまうと書いてしまう。もっとライトにできたらいいのに。むずいね。


あでも、この企画、楽しいなって思ってます。有意義だなって。毎日長文書くことなんてそうそうないし、考えるきっかけになるというか。宣伝したいという意図とは逸れてる気もしますが、こんな面倒臭い人間が参加する御伽噺のお芝居って、どんななんでしょうね。

まだまだ必死で周りも見えてない。もっともっと冷静に、粛々と作りたいなと思うのです。


現在別現場(主宰してます)の本番期間中故、色々とぐるぐるしています。頑張らねば、と思います。早く稽古合流したい。