Kさんの戦争体験(2025/10/13) | ノモンハン事件

Kさんの戦争体験(2025/10/13)

Xの投稿から

 

2015年11月、平成12~13年とノモンハンで一緒だった東京のKさんと14年ぶりの再会を果たす。当時は慰霊団の副団長。また、後の厚生労働省の遺骨収集団の現地案内役を務めた方である。

 

また、Kさんは、シベリア抑留も経験され、引揚げ後、航空自衛隊発足までの間に東宝に入社。東宝争議なども経験されたユニークな経験をお持ちの方だ。 戦闘には参加したことが無かったそうだが、97戦を操縦した経験や、館林の航空学校で空襲に遭い、九死に一生を得た経験をお持ちである。

 

Kさんからは、航空自衛隊時代の裏話も何度となく聞く事ができた。 また、97戦を操縦した経験があるということで、西原大叔父の話も当時から知っており、私とは何か通じるものがあった。そんな経緯もあり、ノモンハン現地でもKさんと一緒にいる時間が多かった。

 

Kさん、航空学生の頃、館林の航空学校で空襲に遭った。逃げ遅れて一人走っていると、爆弾が落ちて来て目の前のコンクリートの床に突き刺さった。落ちて来る爆弾を見ながら、自分はどうなるのかな?などと、冷静に考えていた。そして、ふと振り向くと、コルセアが襲い掛かって来た…

 

Kさん、我に返って急いで塹壕(たこつぼ)に飛び込む。そのままぼんやりしていたらやられる所だった。飛び込んだ途端、コルセアの12.7 mm機銃6門による炎の嵐・・・上空で、爆弾を落とした機と無線更新しながらの連携プレーだったのではないか?・・とのこと。

 

この話を聞いた時、私は、一人の日本人少年を殺す為に、2機がかりでこんな事までしたんだなと・・・戦争の残忍さをひしひしと感じた。コルセアの搭乗員達にとってはゲーム感覚だったのかもしれないが…

 

Kさん一人を殺そうと二機が連携して・・本土空襲の後半、米軍戦闘機隊では、日本人は全員戦闘員であるとの認識を持たされていたという。竹槍訓練など、国民が一丸となって米軍上陸に際し、戦う準備をしていた・・というのがその理由だ。

 

訓練学生だったKさんを襲ったのは海軍のコルセアであり、番組で取り上げられていた本土爆撃隊の、随伴戦闘機隊による一般国民に対する無差別攻撃とは話題は異なるが、非戦闘員であるはずの女子供に戦闘訓練を行えば、それは米側から見れば、ある種の理由付けとなるのは仕方が無いと思えた。