今日の夕方、ゆりちゃんが「教習所行きたくない」と。
それを、隣のKさんに「同居人(※職場の人には付き合ってることは言ってないので)がねー」なんて話してるうちに、「子どもが3人って感じですか?」って聞かれて、「そうなんですよー」と答えたら、「でも、そこが可愛いんでしょ?」と言われて、この人、きっと分かってはるんやろなーって思いました。


んで、今日は残業。
残業中に、みんな帰っちゃって、夜の静まり返った病院の一室にぽつんと独りお残り。
仕事のメールの返信をしてたら、私の住んでる自治体が9月から「パートナーシップ始めました」なので、それに関する通知文みたいなのを発見。

9時に残業を終えて、帰宅してゆりちゃんとその話を。
その話の中で、「性的少数派は左利きやAB型の人口と同じくらいの割合」って言う事から、話は派生していって。

「マイノリティ」って、「少数派」って言うけど、私はその言葉に疑問を感じる。
それって、外側から見た、「自分(達)と違う」って考えで、その中にいる人はそれが自分の普通で、外側にいる人の事をそんなに違うとは思っていない。
そもそも、「普通」って何や?といつも思う。

「普通」と言う言葉は、人によって違ってて、普段の会話の中で「普通はー」って使うのは、私にとっては危なっかしく感じる言葉だ。

私は、ゆりちゃんと一緒に居ること、結婚したいと言う気持ちは、これまでお付き合いした相手への気持ちと扱いは変わらない。(気持ちの強さは違えども)
そもそも、私の場合は男だから好きとか女だから好きとか、そうじゃない。
好きだと思う相手が好きなんだと思う。

でも、それって少数派?
「あの人がその性だから」を前提に、人は恋をするのだろうか。
元々の対象とする性に違いはあっても、人を好きになることに、恋をすることに、愛することに、どんな違いがあると言うのだろう。

昔、みうらじゅんさんだったか、「カッコいいと思うことは、その人とやりたいって思うことと一緒だ」みたいなことを何かで書いてはったような。
それが、同性でも異性でもって。


私はマイノリティとは自分で思わない。
特別じゃない。
どこでもいるわ。