紡ぐ~羽小箱~ -55ページ目

紡ぐ~羽小箱~

お立ち寄りくださりありがとうございます。

羽生結弦選手を応援しています。
彼からいただくギフトを小箱に詰めてます。

 
 

以前にも書きましたが、8月から始めた録画編集。

まだ続いています。

頑張っております。

 


 

1枚1枚、デッキに入れて「キチンと再生できるか?」確認。

「内容に合ったタイトルを入力し直す」「見てすぐに分かるように内容を書き出す」という作業を、ひたすら繰り返しいます。


 

 

やり出したら「最後まで諦めない」ことが、長所のひとつなのですが、さすがに連日だとお疲れが出ます。

ザッと数えたディスクの数は約300枚ありましたから笑。

 

 

「いつ終わんの?コレ?」白目

「誰がこんなに録ったんじゃ!」ワシじゃ

「老後の楽しみって言ってホントに観るの?」保証はない

 

なーんてツッコミながらも、「頑張れ!私!」と励ましてちょっとずつ進めてます。

 

 

 

 

 

その作業が、ちょうど「平昌オリンピック」まで来た時でした。

 

 
 
 
 
 
 
推しの推し。
好きになったのが、理解できました。
 
 
平昌オリンピックの時の「待ってた!!!!!」感情。
むき出しでした。

 

 

 

ご存知のように、平昌オリンピックシーズンは、超難易度な構成に挑戦し、NHK杯前に無念の怪我。


 

 

オリンピックぶっつけ本番なんて!

 

 

どのシーズンも本気で応援していましたが、オリンピック2連覇するためにすべてをかけていたのですから、こちらとしても特に力が入っていました。

 

 

音信不通の3ヶ月間は祈祷班に徹し「オリンピック連覇!!」を掲げ、ファンは気持ちをひとつに。

 

ゆづの願いはファンの願いでもありますから。

 
 
 

「自身の幸せを削ってまでも連覇したかった」とか言われちゃ、泣くしかないじゃないですか。

 

 

祈り、願い続けたあのシーズン。

かけがえのない、忘れられないものとなりました。

 

 

 

 

 

今、時系列でアマチュア時代を追っていく作業は、あの時の感情を掘り起こしてくれます。

 

 
 

その頃からでしょうか。

平昌からのゆづは特に、会見落ちが誕生するくらいに立派な人格、行動、発言とさらに磨きがかかり、すべてが完璧。

どこに出しても恥ずかしくない振る舞い。

 

 

仙台平の袴がこれまたよく似合って。

 

 

震災復興のために一生を捧げ。

 

 

 

歩く品行方正。

立つ姿は清廉潔白。

滑る姿は見るものすべてを魅了し、癒し、励ます唯一無二。

心を込めて滑るその姿は、時には神事の舞のようにも見えました 。


 

数字の偶然、森羅万象の「偶然にしてはできすぎ現象」もあったりと、何度、驚いたことか。

 

 


「漫画の主人公にしてはできすぎ」を地でいっていました。

 

 

 

もう神々しくて。

神々しくて。

 

 

 

そんな人間離れして、応援させてくれた存在の人がですよ。

プロになってからは気持ちの吐露は確かにありましたが、まったくの余地を与えず、いきなりの人間みを感じる告知でしょう?

 

 

入籍?

誰が?←にわかに信じられず、誰と?とは最初は思わなかった

へ?

は?

いつの間に?

 

呆然…

 

 

こちらが勝手に作り上げていた神々しいまでの人物象とのギャップがあまりにも開き過ぎていたのかな、と思います。

 
 
 
突然!雷に打たれたような衝撃から、回復されつつある方、まだまだお時間かかる方、いらっしゃるかと思います。
 
 
止ない雨のようなファンが降らす涙の雨。
そんな雨がひとしきり降り続けていました。
 
 
やがて、少しずつ少しずつ、涙の雨が降り止むのを待っていたかのような。
 
しばしの沈黙からのお知らせに、ジーン。
 
 
 
 
 
 
 
 
1回目。
優しい声。
滑っている姿。
無編集だから伝わる臨場感溢れる動画。
更新の喜びに、ただただ浸りました。
 
 
 
2回目。
落ち着いて見ましたら、サラリと跳んでいたジャンプたちのラインナップにようやく気が付き、お口あんぐり。
 
 
丁寧に説明してくれたジャンプやステップが無かったら、気が付けなかった見たこともない構成のジャンプたち。
 
 
どんだけ難しいことやってんのか…見逃しちゃうくらい、サラリ跳んでました。
 
しかも、ノーミスでしょうぉぉぉぉ。
 
「(レコードの針を落とすより)4回転の方が簡単にできる」に納得です!
 
 
 
20代後半にして、さらに上手くなっていることをまざまざと証明してくれました。
これも日々の努力の賜物。
 
人生にとっての祝い事に決して浮かれることなく、変わらぬ深夜の厳しい練習の証。
 
 
 
待っている方たちの期待に応えるため。
職業「羽生結弦」をさらに極めるためでもあります。
 
 
 
 
人の心は完全には分からない。
けれども慮ることはできる。
 
 
そんなふうにも思える、もっぴーさうんどさんの曲のチョイスは、ゆづからのメッセージでもあるかのようでしたね。
 
 
・アクアの旅路
・そのままで
・涙のあと
・通り雨の過ぎる頃
 

 

 

ちなみに、調べてみましたら、 「通り雨」とは。

 

「雨雲が移動することによって起こるので、降ってもすぐ止むが、また何度か降る可能性がある雨のこと」だそうです。

 

 

この期間のファンの心情のようです。

 

 

 

 

「通り雨の過ぎる頃」を待っての発信。

ファンを大切にしてくれる、ゆづの気持ち。

 

 

 

 

 

人は同じところに留まらず、常に成長し、変わってていくーー

 

誰だってそうですよね?

 

 

 

悲しみ、受け止め切れない出来事は無いことにはできないけれど、カサカサに乾いてしまった気持ちや、悲しみの極み、尖った気持ちたちを時間が和らげてくれる。

その時間は、人それぞれに違うけど、徐々に徐々に解決してくれる…ことは確かです。
 

 

 

 

 

確かに、8/4を境に気持ちの変化がありました。

「以前とまったく同じ気持ちか?」と問われたら「否」です。


ただ、それはマイナスの方向ではないです。

 

 

寂しいような不思議な感覚を「郷愁」と表現されていらっしゃる方が。

そうかもしれませんね。


なんか寂しい。



でもでも!

 

終わりは、はじまりのはじまり。

であるように。

 

また、新しい気持ちに生まれ変わったのかもしれませんね。

 

 

でも「やっぱ好きだなぁ」は変わらずに。

 


でなければ、「編集作業なんて疲れたからもう、ぽーい!」ですからね笑。


残りも頑張ります!


 

 

やっぱ羽生結弦が好きで良かったです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなにもファンを大切にしてくれてありがとう。

 

 

日々の練習が、努力が、報われますように。