復活の羽生結弦、ファン目線で追った帰国から世界選手権まで
【写真】キリッと鋭い表情を見せる羽生結弦
3月18日、羽生はさいたまスーパーアリーナで開催された世界フィギュアに出場するため、日本に帰ってきた。2018年11月のグランプリシリーズ・ロシア大会以来の公式の場での姿。ロシア大会で練習中に右足首を負傷し、グランプリファイナルと全日本選手権の欠場を余儀なくされ、姿を見せていなかった羽生が、日本に降り立ち、歩いている――。ファンは彼が歩いている姿を見るだけで、うれしくて涙が出てくるという。
羽生が羽田空港に降り立ったとき、著者はさいたまスーパーアリーナで男子の公式練習を見ていた。もしかして今日の公式練習から参加するかもしれない――。そこにいたファンの間で、期待の高まりがあったが、羽生の姿はそこになかった。そして帰国した情報がツイッターで流れると、そこに彼はいなくても会場のボルテージが一気に上がった。
ジュニア時代から羽生を応援し続けてきた40代女性は言う。
「テレビで動いているゆづが見られるだけでいい。彼がけがなく、元気で滑りきってくれたら、それだけで、もういいんです」
試合で羽生を見られる機会はもう残り少ないかもしれない。しかも今回は日本開催。日本で彼の試合を見ることはこの先、どれだけあるだろう。それだけに日本での闘いの場に戻ってきたことがファンにとっては何よりも喜びだったのだ。
しかし羽生は五輪二連覇をしてもなお、そこに立ち向かう道を選んだ。成長を求め、誰も成し遂げていない4回転アクセルの成功へ意欲を見せ、現役続行を決意した。
これは従来のファンはもちろん2018年の平昌五輪からファンになった人たちにとっては、うれしいことだった。アイスショーでの羽生ももちろん魅力的だ。しかし彼が最も光を放つのは、試合で鬼のような表情で氷の上に立つとき。闘争心にあふれ、勝つことへのこだわりを誰よりも見せる瞬間こそが、羽生の美しさが輝くのだ。
◆祈るような思いで当選を願うファン
しかし、生で羽生の演技を見ることは容易ではない。プレミアム席で2万5000円、S席なら2万円と高額チケット代なのに、手に入れることが非常に困難なのだ。まずは5日間の通しチケットか単日で申し込む必要がある。通しチケットはS席10万円、A席8万5000円、B席6万5000円。これが申し込んでも抽選でなかなか当たらない。
外れると今度は単日券に応募することになるが、これも当たる確率はかなり低い。プレイガイドから当落のメールが届く日になると、心臓がバクバクする。そして「残念ながらチケットをご用意することができませんでした」の一文を目にすると、愕然とする。毎回祈るような思いで当選を願い、落選を知ったときの悲しみをファンは経験している。
あきらめきれずに、SNSでチケットを譲ってもらえるよう呼びかけたり、お茶の間観戦に徹することを決意する人もいる。たとえ転売サイトで高額なチケットが出品されても手は出さない。ファン歴5年の30代女性は言う。
「そんなものに手を出して、羽生さんの顔に泥を塗りたくない。ダメなら堂々とお茶の間観戦します」
むしろ通報をして転売屋を撲滅の方向に導く。それが羽生ファンの矜持だという。
公式練習2日目の3月19日。羽生は練習リンクに姿を現した。公式練習もチケットがあれば、ファンも見ることができ、試合で使われるメインリンク、練習用リンクともにチケットは3500円で販売された。ファンの間では黒い練習着に身を包んだ羽生のことを「黒い子」と呼ぶ。黒い子が練習する様子を伝えるのはメディアよりファンのほうが明らかに詳しい。
「ジャス(ジャンパーのこと)脱いだ」「4T3T美(コンビネーションジャンプが美しく決まった)」「手袋外して腕組み」「イーグルからのクールダウンが美しい」「深々とリンクに挨拶」などツイッターにファンからのレポートが流れるたびに会場の雰囲気がつかみ取れる。ファンにとっては彼の息吹が感じ取られるレポートほどありがたいものはないのだ。
そして技術の高い選手のパフォーマンスを繰り返し見ると、ファンの目は肥える。ましてや五輪王者の羽生結弦だ。何が正しい技術なのか、はっきり見てとれる。だから「今のジャンプは加点がとれるジャンプだった」と会場にいるファンのレポートを見るたびに、そこにいることのできないファンは安堵する。
だが、演技を何度も見てくると不調もわかってくる。同じジャンプを繰り返していると、「もしかして不安を抱えているのかもしれない」と思ってしまうのもファンの心理だ。心配が現実になってしまったらと前向きに考えようとしても、けがからの復帰。実戦から4か月もあいているのだ。ファンがネガティブになってしまったら、大事な試合前の羽生に伝わってしまう。だからファンは会場の空気をよりよいものにするよう、互いに励ましあうのだ。
「ゆづなら絶対に大丈夫」
3月21日、男子ショートは著者も運よく会場で見ることができた。会場の雰囲気は緊張感で張りつめていた。羽生の演技時間が早く来てほしいような来てほしくないような。胸がバクバクするからと、薬の『求心』を飲むファンの姿もあった。
◆会場の暑さが……
大丈夫と信じていても、心配はあった。当日、アイスリンクにいるとは考えられないほど室温が暑かったのだ。隣にいた友人も、「暑い」と上着を脱ぎ、カーディガンも脱ぐ。シャツ1枚になっても、まだ暑いと感じるほどだった。
微妙な温度差でリンクの氷の状態は変わってくる。ツイッターでリンクの間近で見ているファンが次々と「氷が溶けている」と指摘。そして羽生と宇野昌磨(21才)が登場する最終グループでは氷のコンディションに対する不安が強くなっていった。羽生は6分間練習では4回転サルコウの軌道に乗れず、転倒してしまう場面もあった。最後はきれいに決めていたものの、刃の部分(エッジ)を使って踏み切るサルコウは氷が柔らかいとエッジが食い込み飛びにくくなるケースがあるという。
「ゆづは大丈夫だろうか」
不安が会場に流れたのは否めない。それはもしかしたら、羽生に伝わってしまったのかもしれない。事実、羽生は冒頭の4回転サルコウが2回転となった。2回転以下になった場合、点数はノーカウントとなる。そのあとの3回転アクセルや4回転トゥループ+3回転トゥループ、スピン、ステップは見事な出来栄えだったが、冒頭のサルコウが悔やまれた。氷の状態についてはのちに羽生も指摘していたが、それでも失敗は失敗と認める彼の冷静な姿勢に救われつつも、ファンはこう思ったかもしれない。
「もうちょっと信じて応援すればよかった」と。
練習でも転倒やジャンプが抜けてしまうと、ファンはつい「ああ」と嘆息してしまう。それが選手に不安となって伝わってしまうかもしれない。ショートのあと、ファンの間ではなるべく「ああ」とため息はつかないように努力しようという動きがあった。それよりも羽生に惜しみない拍手を送ろう、自分たちは絶対にあなたを信じている、表彰台の真ん中にいるのはあなただ。男子フリー当日までファンは羽生が完ぺきな演技をするところ、表彰台の真ん中で「君が代」をうたっているところをイメージトレーニングした。
「自分たちができることはそれぐらい。きっと羽生くんならやってくれる。確信している」
ファン歴6年の40代女性が強くそう言った。
◆そしてその日は来た
3月23日、男子フリー当日。朝の公式練習を見た50代女性は羽生の様子がいつもと違っていたと語る。
「私はノービスの頃から彼に注目していますが、練習時間が終わっても、リンクサイドに8分も残り続け、『Origin』の振り付けを確認するというという今までの試合で一度としてなかった姿に、“明らかに様子がおかしい”という心配する空気が高まっていったように感じました」
いまだ右足首にけがを抱えた状態で、万全とは言えない。練習でも必死に4回転ループを繰り返し飛び続けた。そのひたむきな姿に観客は涙した。お化粧が落ちてしまったというぐらい泣いたというファンもいた。前出の50代女性は続ける。
「おそらく万全のコンディションとは言えない、ギリギリの状態だったのでしょう。ただ、失敗しても何度も何度もあきらめず4回転ループを練習する姿に胸が痛む一方で、“どんな状態でも羽生くんなら必ずできると信じる!”とファンの間ではさらなる強い祈りに変わったように思います」
氷の上で選手は孤独だ。いくら声援を送っても演技をするのは選手自身。だからファンは祈るしかない。しかしその祈りが力となるのは確かだ。フリーの『Origin』でリンクに立った羽生の表情は落ち着いていた。そのとき、男子フリーのチケットがとれなかった著者は羽生ファンとともに都内のスポーツバーで観戦していたが、大型スクリーンからもファンが彼を信じている様子がうかがえた。
羽生くんなら
ゆづなら
絶対にやってくれる
心臓が飛び出してしまうんじゃないだろかという高鳴りを抑えきれず、祈りをささげるポーズで羽生の演技を見つめる。この光景は全国のお茶の間でもどれだけ見られたことだろう。
冒頭の4回転ループを決めた瞬間、スポーツバーで私たちは飛び上がって喜んだ。店にいたまわりの客も、「すごい!」と拍手を送った。4分間の演技はこの瞬間、今の羽生でしか見られないものだった。演技が終わり、テレビに映った観客たちも「結弦」「羽生結弦」などと書かれた手持ちのバナーを振りながら涙している。
ネイサン・チェン(19才)には負けてしまったが、試合後の羽生の表情は清々しかった。そして「悔しい」と口にし、闘志に火をつけたことがファンにとっては何よりもうれしかったのだ。
試合が終わり、スポーツバーからの帰り道、ファンの一人は泣いていた。
「家族のことだってこんなに泣かないのに~」目にタオルをあて、涙する。わがことのように緊張し、涙してしまうのは、羽生がトップアスリートだからだ。アスリートの人生には常に勝敗がつきまとう。試合に出るからには優勝してほしい。「自分にとって負けは死も同然だと思っている」と試合後のインタビューで羽生が語ったように、華やかな競技でありながら、命をかけて闘う姿にファンは魅了される。そしていつまで彼の演技を見ることができるのか、そのはかない将来にヒリヒリした思いを抱きながら、次の羽生の試合を待つ。今度こそ、彼が満足いく演技ができるようにと祈りながら。
※文中敬称略
ご報告です。Yahoo!でも配信されました「復活の羽生結弦、ファン目線で追った帰国から世界選手権まで」は私、チックルが書きました。これは完全なるネットオリジナル記事です。今回、多くの方に読んで頂きたくニュースサイトでの記事配信の運びとなりました。https://t.co/NVi3qP8Pqb
— チックル (@kadoyatickle) 2019年4月2日
いろいろとメッセージやリプライ、そしてヤフコメを見せて頂き、心から書いてよかったと思いました。そして少しだけご説明させてください。(続く)
— チックル (@kadoyatickle) 2019年4月2日
今回、私が書いた記事は女性セブンや週刊ポストとは違う、ネットオリジナル記事です。そもそもネット媒体はどこも別編集部であり、私はフリーランスライターなので、この記事はネット編集部の担当者を介して書いたものであり、週刊誌に掲載されるものではないのです。
— チックル (@kadoyatickle) 2019年4月2日
皆様がこれまで心配や不安、悲しまれて来た記事は私は全く関与しておりませんし、正直、それらに関しては私自身、記事が出てから知ることも多く、何もできない自分に腹を立てていました。なので、今回こともかなり葛藤があったのですが、逃げてばかりでは真実は伝わらない。ならば本当のことを書こう
— チックル (@kadoyatickle) 2019年4月2日
今回の記事は信頼できるネット編集者に相談し、より多くの方々に見て頂けるメディアで書くことになりました。私自身、羽生結弦くんと彼のファンを傷つける記事は一切、許さないというスタンスは変わりません。ただ、たくさんの人にファンの皆様の素晴らしさを知って欲しいと思い、選んだことです。
— チックル (@kadoyatickle) 2019年4月2日
こんにちは。私なりの戦い方というのをご理解頂き、感謝申し上げます。私は真実と正しい目線、正義をもって書いたもので、それを多くの人に読んで頂けるチャンスがあれば、誰かが私の意向を拾ってくれると信じております。そう思って書きました。
— チックル (@kadoyatickle) 2019年4月3日