織田信成さん Another Sky ーカナダー | 紡ぐ~羽小箱~

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2014.5.2 放送 

 

Another Sky Nobunari Oda

 

 

http://www.ntv.co.jp/anothersky/contents/2014/05/post-1500.html

 

 

 

信くんのAnother Skyは、カナダ

 

スケート人生において欠かすことができない場所

「大きく育ててくれた街かなぁと思います」

 

10年もの間、ただ心身を研ぎ澄ました

トロントから北へ100km離れたカナダのバリー

-26℃ 凍てつく風が舞う極寒のこの地が信くんを育ててくれた場所

 

 

1番最初に向かった場所は、来る日も来る日も通い続けたリンク

10年間 年に3~4回 ホームステイをしながら通っていたんだって

 

苦楽を分かち合ったリー・バーケルさん

信くんのスケートの師匠

 

引退前の10月、カナダの国際大会に出場した時は、まだ引退を決めていなかったので

これまでのお礼を直接会って、引退の挨拶をキチンと伝えたかったと

 

「長い間サポートしてくださりありがとうございました。

先生なしではこのキャリアは築けなかったです。本当にありがとうございました」

 

「こちらこそありがとう」

 

師匠に教わり10年、神に等しい存在で

畏れ多くて自分のことをどう思っていたか聞ける関係ではなく

そんな師匠が言うわけですよ

「引退の意思を尊重するよ。ただ優勝させてあげられなくて残念なんだ。

山あり谷ありの旅だったけど、これからはノブが得た経験を伝える旅にして欲しい。

分かち合うものがたくさんあるから。この先ノブとスケートをやる人は幸運だよ」

 

頷きながら、泣きながらの信くん 

師匠の言葉に耳を傾けながら、初めて知った師匠の想い

 

自分のことをこんなにも考えてくれていた

この人についていこうと決めて正解だったーーと信くんの目から静かに溢れるものは止まりせん

 

スタジオでVTR見て、また泣いている信くん


 

その後、嫌になるほど自分を追い込んだリンクを眺めながら

「滑っているのを見ると滑りたくなりますね」と微笑んで

「もちろん、みんな最初から上手い子はいないんで、みんなこうやって地道に練習を重ねて、で、ちょっとずつ」

 

選手として滑ることはもうないけど、ここでまた滑りたいと

 

10年前、カナダに来た時、注目される様な選手ではなかったし

世界レベルの環境に飛び込み、世界との実力を思い知ったと

 

英語も話せなかったから、言葉の壁にもぶつかったけど、

だから、せめて、誰よりも練習しよう、と練習量だけは誰にも負けたくなかったから

 

ここで映り込むゆづとの写真がチラリ

 

 

次に向かったのは高校生の時から10年以上お世話になったホームステイ先

 

「やぁノブ」とご主人

その後は言葉にならない奥さんのハグ

 

外の寒さも吹き飛ぶくらいのあたたく迎え入れられた出迎えに

どれくらい愛されていたかが早くも伝わる

 

「僕のカナディアンファミリーです」と紹介された

パキストンご夫妻と、ペドロ

 

「いつものパイだ」

きっとカナダのおふくろの味

「そうだよ」

 

お世話になったというよりそれ以上、家族として受け入れてくださり

10年もの間、食事だけではなくて、リンクの送迎も

良い時も悪い時もずっと支えてくださった大切な人たち

だからカナディアンファミリーと紹介したんだね

 

「ノブのスケートを見るのが大好きだったから寂しかったわ

でも素晴らしいキャリアを築いたんだし驚かないわ」

 

「悲しかったのはノブが部屋をそのままにして引退したこと」

 

「ノブはいつも練習ばかりだったわね」

 

「一日中スケートをっして家に帰ると夜はずっとビデオを見ていました」

 

「スケートのビデオをね。そしてストレッチしたから寝るのよね。で、また起きると々一日を過ごすの」

 

「それを週六日ね」

 

「この地のリンクには世界中から多くのスケーターが集まるんだ。

多くの選手がパーティーをする中ノブは練習をしていたんだ。とても誇りに思っているよ」

と信くんの目を見つめながら語るご主人

 

「とても長い間僕をサポートしてくれて本当にありがとうございました」

 

先にこらえきれなくなって一瞬詰まる信くんに

「僕たちは楽しかったよ。ノブも楽しかったらいいけど・・」

 

「これから寂しくなるわね」

泣きの追加でさらに泣きじゃくる信くんに

 

「忘れないでおくれよ」

 

でもちゃんと伝えなくちゃっと、奮い立たせる心の信くん

 

「ここの家族に出会えて僕はとても幸せです」

よし!言えた

このために来たんだから

 

「ノブが来てくれるのはいつでも歓迎だよ」

 

「あなた方なしでは僕のスケート人生を作ることはできませんでした

本当にありがとうございました」

 

「どういたしまして」

 

「私たちのワンダフルスケーターなんだよ」

 

「そしてワンダフルな息子よ」

 

「そうだね」

 

「ありがとう」とお2人の優しい語りかけに 爆泣きの信くん

 

 

 

 

バリーから、トロントまでは車で2時間

 

「日曜日は基本的に休みで、息抜きじゃないですけど

どこに何があるかぐらいは大分、把握できるようになりました」

 

 

練習は週に6日

ストックな日々を送っている中、数少ない楽しみのひとつが食事

 

「メッチャ大好きです」とおっきなハンバーガーにパクつく

 

体重1㎏違うとジャンプの成否が変わるからと

食事にまで気を遣うようになったのは高校生入ってから

 

10年くらいは食事制限していたから今、食欲が爆発

 

 

「回ったり、跳んだりするので消化しやすいものを食べて

休日のお昼だけはハンバーガー食べられる」

 

司会の今田さんが「体重はない方が有利なんですか?」と聞かれて

 

「筋トレももちろん必要なんですけど、やっぱり軽い方が有利ですね。

バランスとか、崩れない体幹のトレーニングだったりとか、タイミングよく、こう上に上がるにはどうしたらいいか。

上手く股関節を使ってとかっていうトレーニングを陸上で大体、3時間、4時間くらい」

 

「コーチによっては考え方が違うコーチもいる訳でしょ?」

 

「はい。そういうトレーニングやらない方がいいっていう方もいますし」

 

「自分にあった人を見つけるのが大変やね」

 

「そうなんですよ。本当に」

 

いつ、誰と、どう出会うかによっってスケーターの人生が変わる

人との巡り合わせが運命を変える

 

 

この後、会いに(泣きに)行ったのは

ご存知過ぎる振付師のデビット・ウィルソン氏

信くんの人生は彼との出会いで変わったと

 

「ノブとは長いね。最後の大会も一緒にできて良かったよ。初めての会話覚えている?

君は英語をほとんど話せなくて、どんなTVゲームが好きかと聞くと『マリオブラザーズ』って言ってたね」

 

「そしてそれを選曲した」

 

「それが最初のプログラムになった。大成功だったね」

 

そうか、あれは彼の振付けだったのか

17歳、明るくユーモアに溢れた演技が成績と評判を上げ織田信成選手の代名詞

 

「ノブのスケートが大好きだったよ。

ロンドンの世界ジュニア選手権で優勝した時のことも覚えているよ

キム・ヨナもいたけど当時は彼女のことは知らなかった。

ノブは優勝した。前年の11位から一気に1位になったんだ。

ノブの人柄はリンクの上で演技している時の姿と全然違わない」

 

「少し頑固なところがあるけど(笑)チョット」

 

期待を裏切らずお約束のように泣く信くん

「彼のプログラムで最高のシーズンを終えたっていうのはすごく嬉しいですし」

 

肩を組み抱き寄せるデビット

「こうやって会えたのもすごく嬉しいです」

 

どこに行っても温かく迎えてくれるいい人間関係を築けたんだなぁって思った

 

「スケートは個人でやっているけど、チーム力というのが、それがすごく大事」

 

トップスケーターは例外なく様々な人に支えられ

リンクに立っている

 

 

 

最後の訪問先は

マッサージセラピストの青島 正先生

カナダへと渡った当初、世話になった大恩人

 

身体のメンテナスだけでなく7年前に一時期住まわせてもいただいたけどチームが変わり

近年は袂を分かち、会話も交わすこと自体、久しぶり

 

「カナダの一番のお父さんですね。やっぱり。

実のお父さんより自分の心情を暴露していたと思いますね」

 

「急に来てこんなお願いをするのもなんなんですけども

最後に先生のマッサージを受けてもいいですか?」

 

「いいでしょう。喜んで」

 

青島先生、信くんのこと

7年前、自分の身体のメンテナンスができる選手という印象を残していたそうですが

「本当だ。疲れている。こんなノブ君の足、触ったことないね。本当に疲れている」

触れた瞬間、すぐに分かるほどの満身創痍の身体----

 

 

でもお世話になった青島先生のところでは泣かず

だから涙は本物だと余計に思う←

 

今田さん「疲れている体触ったことないって言われてましたけど。現役の時でも」

 

「僕もだいぶ歳とったんで・・・」

 

「26歳やのにね。厳しい世界やな」

 

「フィギュアスケートって、しんどくてもやっぱり笑顔で。本当はもうメッチャクチャしんどいです」

 

「この間のソチ五輪でも・・・あの、ロシアの」

 

「プルシェンコ選手。はい」

 

「棄権されたじゃないですか。ああいうのはよっぽっどのことなんですか」

 

「プルシェンコ選手は特に、ショートとフリーをやってから、また、もう一回ショートとフリーをやったんで

普段、そんな3日4日くらいのスパンで4回も演技まず絶対ないので。

10回以上、手術とかを繰り返して。やっぱ、皆さんが見ている以上にもしかしたら過酷なのかなぁと」

 

「やっぱ、競技の時ってガーって追い込むんだ?」

 

「そうですね。かなり追い込みます」

 

「何回も?飽きてくることない?」

 

「いやぁ、もう飽きます(笑)この練習の先に一体何があるんやろう?」

 

「そこまで?」

 

「そこまで。聞いて躍るんじゃなくて、勝手に動くぐらいじゃないと」

 

 

 

 

現役生活でこのシーズンが最も調子が良く、かつてない絶好調で大一番を迎えた

2013年12月 全日本選手権

 

ソチ五輪出場を懸けて臨んだ大会でもあり

 

振付けはデビット・ウィルソン

 

4回転ジャンプが抜けて3回転に

このたった1度のミスで五輪の目標が断たれた

厳しい現実の世界

 

「オリンピックにひとつの目標としていたのでそれが叶わなかったということで、

まぁ、ここでまぁ一区切りかなと自分に感じたのと、今、ほとんど、上手な選手がたくさんいるので

まぁ、自分の時代は終わったかなと思って・・・」

 

「26で!『やり切ってきた』という自信もあっての。やり切ってないとさすがに・・・」

 

「まぁ、家族も生まれて、本当になんて言うか。新たなスタートを切るには今かなっていう、はい。感じで」

 

 

「万が一のことを考えるじゃないですか。

もし、なった時は引退してもいいかな、というのは前から考えていたことなので」

 

選手生活で最高のシーズンだったのに、最高の出来をもってしても及ばなかった

 

 

 

「もうここまでやり切ったからいいかなという感じだったので」

だから、この時、引退を決意したーーー

 

「引退するってなると、やっぱり悲しかったですね。

未来を、オリンピックを夢見る子どもたちへの道しるべみたいな。

自分が助けてもらった分、助けたいなという気持ちかもしれないので」

 

やろうと思えば、ボロボロになるまでできる、できた

けれど、数少ない練習の場を、

支えてくれた人たちを、

未来の選手の譲ろう、託したかったーーー

 

なぜなら、リンクは1人では立てない場所だから

 

 

 

「ノブのスケートはまるで誰かがロープで引っ張っている様なんだよ。

力を使わずにスピードに乗っているんだ」

 

織田信成のスケート

 

 

「織田君よりも世界ランキングが上の選手が出たりもするんですけど

観客の反応が全然なかったり、全然立たなかったりとかするんだけど

信成君の演技には引っ張りこまれちゃうんですかね。みんな。こう手拍子が自然に起こっていく」

 

点数よりも観客が喜んだ

 

 

「信成の全ては『もっと学び改善したい』なんだよ」

 

誰よりも練習した

 

 

「本当に」いい人なんだよ。本当に綺麗なスケーターだよ」

「成し遂げた人よ」

 

やるべきことを成し遂げた美しいスケーター

 

 

聞きながら涙

 

 

 

最後はリンクへ向かい、滑る

 

結果が出始めた中学3年ぐらいの時から、氷に乗る時は本気なので、リラックスして滑れるのは楽しみです」

そう

これまでは戦いの場、心身を鍛錬する場でしかなかったカナダのリンクで

現役選手ではなく1人のスケーターとして自由にそれはそれは伸び伸びと気持ちよさそうにカナダのリンクを滑る

 

今田さんに

「色んなこと考えました?滑っていて」と感想を聞かれ

 

「たくさんの人に支えてもらってここまで来れたっていう感謝の気持ちをやっぱ、改めて考えていて

伝えたというのはすごく良かったなと思います」

 

スケートを愛し、誰よりも愛された織田信成という選手

 

カナダのこの地で、ひとつの幕を下ろす

 

最後の勇姿を目に焼き付けようと、最後を見届けようと

サプライズで

お世話になった方たち、リンクに駆けつけて集まってくださる

 

信くん

一旦、恩人たちへあいさつをすませると、静かにまた、リンクを滑り始める

 

なぜなら、自分の滑っている姿を見せたかったから

 

言葉ではなく滑りで伝える

惜別と感謝ーーー

 

 

滑り終え、リンクサイドで恩人から花束をいただく

 

7歳でスケートを始め

10年後、17歳でカナダへ

 

さらに10年経って今、選手生活にピリオドを打った

この時、27歳

 

いただいた花束を抱え

今度は笑顔で

「また新たな気持ちで次のスタートに立てると思うので、また頑張りたいと思います」

 

そう言って、だんだんと遠くに

とっても穏やか表情で カメラから離れて行った

 

 

 

スケーターは1人で滑っているわけじゃない

彼が残したこの美しい曲線は次の世代へ、そして次のオリンピックへと繋がっていく

 

 

 

「未来の子どもたちのために教えてあげられるっていうことは全部、教えてあげたいなとは」

 

「いや、何十年後かにはもしかしたらお弟子さんと、得点こうやって見てる織田君が、

我々も見えるかも分かんないですよね?」

 

「そうですね。でも、僕、側にいる自信ないんですよね。泣いちゃうんですよね。

先生の方が泣いているってなっちゃうかもしれないんで」

 

織田信成さん 人生の第2章は始まったばかりーーー

 

 

 

将来はコーチになりたい織田信成の不安とは?

2014年5月3日 8時0分

2日放送、日本テレビ「アナザースカイ」では、昨年の全日本選手権をもって現役を引退したフィギュアスケート・織田信成が出演。第二の故郷というカナダで恩師、恩人らに引退の報告を行う様子を伝えた。

「1週間も空くとかなり感覚が変わってくるので、スケート靴を持たないで海外旅行に行ったことがない」と切り出した織田、ここ10年間は年に3~4回ホームステイをしながらバリーという街で週に6回、ハードな練習を続けてきたという。

「昨年10月にカナダで国際大会があったんですけど、その時は(引退は)まだ考えてなかった。お世話になった方がカナダに沢山いるので、現役を終えてからきちんとお礼を言えてなかった」と心残りを明かした織田は、現地でリー・バーケルコーチやホームステイ先のファミリー、デビッド・ウィルソン振付師、マッサージセラピスト・青島正氏らを訪ねては涙を流して感謝の意を伝えて回った。

また、改めて引退を決めた理由を訊かれると、「オリンピックを一つ目標としていたので、それが叶わなかったということでここで一区切りかなと感じたのと、今は上手な選手が沢山いるので自分の時代は終わった」、「ここまでやりきったらいいかなという感じだった」などと、胸中を吐露した織田。

すでに泣き虫キャラとしてテレビに引っ張りだことなっているが、その今後については「未来の子供達のために教えてあげれることは教えてあげたい」と選手育成に携わる夢を語り、番組司会の今田耕司から「お弟子さんと得点見てる織田君が見れるかもわからない?」と言われると、「僕、傍にいる自信ないですよね。やっぱ泣いちゃうんですよ。“先生のほうが泣いてる”ってなっちゃう」と不安を明かし、苦笑いを浮かべた。

 

http://news.livedoor.com/article/detail/8797663/

 

 

先日のハビの理想的な引退

永遠なんてものは、どこにもない

 

5年前に見た時と印象が違って見えて

しみじみと考えながら見返したのでした