どうも、Drしょーだいです。


ドクターではありません、ドラムです。


念のため。




さて、今回は僕の大好きな大好きな大好きなハリー・ポッターシリーズの話をしようかと思います。


ひょっとしたら意外に思われる方もおられるかもしれませんが、僕は本が好きです。
読書家とまではいかないまでも、何かに書かれた文を拾い読みせずにはいられない癖のようなものがあったり、本に没頭するあまり誰かに声をかけられても気付かないことがあったりと、それなりに本や文章には慣れ親しんで育ってきました。

そのなかでも、僕が本というものを、あるいは自分の人生を語るにおいて避けては通れない作品があります。


そう、それが

ハリー・ポッター です。


若干8,9歳頃に第1巻「ハリー・ポッターと賢者の石」を初めて読んでからというもの、今日の今日に至るまで僕をまさしく魔法にかけられたように魅了し続けてきた不朽の名作です(誉めちぎり)。


毎年毎年、ハリー・ポッターの新巻が出るのを今か今かと心待ちにしながら、暇さえあれば既巻を何度も何度も繰り返し愛読していました。
1巻はおそらく少なくとも七回以上は通しで読んでいると思われます。
シリーズを合計すると何回読んだのか正直自分でも思い出せません…。

そんな有り様だったので、子供の頃特有の吸収力も手伝って学校でも家でも筋金入りのポッタリアン認定を周囲からされるほどの知識量をいつの間にか身に付けていました。


「翔大とハリポタクイズをすると一人で全部正解してしまうから面白くない」と友達にも家族にも言われたものです(笑)

なんせ全盛期当時はホグワーツにある階段の数やらグリンゴッツにあるハリーの金庫と賢者の石が隠されていた金庫の番号だとかまで知っていたのです。そりゃあそんじょそこらの人にハリーポッターの知識でまずもって 負けるはずがありません(笑)
自分でももし自分が明日魔法界に迷い込んだとしても生きていけるだろうなーとか思っていました。



ハリー・ポッターに出会う前からも本を読むことはわりあい好きな方で、母親が買ってきたり借りてきてくれた本を家でも学校でもよく読んでいましたが、このシリーズの虜となってからはバーティミアスやエラゴン、セブンスタワー、ブレイブストーリー等のファンタジーものをひたすら読み耽りました。

これらも素晴らしい作品で是非とも一読してもらいたいものですが、自分の中でやはりハリー・ポッターだけは常に別格、比較する余地の無い唯一無二のもの。


発売当時既に高校生となっていた七巻ですら、夏休みの家族旅行の移動の合間を縫って貪るように読んだ結果、宿泊先のホテルのベッドで壮大な物語の結末を知るまでに要したのはたったの三日間でした。



おそらくこの先ずっとそうなのでしょうが、この2015年にもその魅力は色褪せることなく、今でもひとたび本を開けばホグワーツが、隠れ穴が、ダイアゴン横丁が目の前に現れて時間も忘れ夢中でページを捲ってしまいます。

何度読んでも新しい見方、発見、気付きがあるのがこのシリーズの楽しく素晴らしいところですが、大人になってから読むとより一層深く感じ入るところもあるものです。


「ハリー、自分が本当に何者かを示すのは、持っている能力ではなく、自分がどのような選択をするかということなんじゃよ」

と賢人ダンブルドアは言いました。
深い…。深すぎるぜダンブルドア先生。
さすがアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアなんてけったいなフルネームがついてるだけはあるぜ…。


持っている能力ではなく、自分がどうするのかにこそ自分が表れる。

この言葉はいろんなことに通じると思います。
常に心に留めておきたい言葉ですね。



どうもハリー・ポッターのことになると熱く語りすぎましたかね?(笑)
ちなみに原作至上主義派。
翻訳悪いとか今時の子供にこんな古臭い言葉伝わらないとか言われてるの最近知ったけどもどうでもええんやそんな細かい下らん大人しか気にせんようなこと!
現に子供だったおれがドップリと楽しめたんだから。
映画も好きは好きだけど映画だけみてハリー・ポッターシリーズを見たと思うのは勿体無すぎる。と思うよ!!
気になってる方は是非とも一読してみることをおすすめします。
またなッ!