多分、結婚への抵抗と
しょうがなく変わってしまう生活環境に一番病んでいたと思う。
ただいま、婚約11ヶ月目。
多分1年記念日に籍を入れるのだと思います。
わたし、
結婚したくなかったんです。。。
”結婚”がしたくなかったんです。。
21歳の時に、日本の社会の狭いしがらみから抜け出て
誰も知らない、行ったこともないNYに単身で渡米して
“自由”を掴んだような最高な気分だった。
私は女の版の”15の夜”みたいな子だったから、、、
”自分の存在が 何なのかさえ 解らず震えてる 15の夜 盗んだバイクで走り出す 行く先も 解らぬまま 暗い夜の 帳りの中へ 誰にも 縛られたくないと 逃げ込んだ この夜に 自由になれた気がした 15の夜”
NY来て、よくYoutubeでこの歌を聴いてた。
NYでのシングル5年間は本当に最高だった。
何もかも真新しく、NYは輝いて見えて
見たことな国々はただただロマンチックだった。
色々な人に会えた。いっぱい色々な遊びを教えてくれた。
白いスーツでミラノのモンテ ナポレオーネ通りを歩くはGod Fatherのような商人から、”朝シャン”とは”朝からシャンパンの略”と教わった時は大人びたような気がした。
シンガポールに行く途中のカナダでもトランジットでは、歴史的な大雪で空港が閉鎖され、マイナス25度を体験して一人で盛り上がった。
グランドハイアットのスイートルームのベランダから見る香港の摩天楼は新しい時代を感じた。
バルセロナで、昼間に財布とパスポートを盗まれ、その日の夕方に空の財布とパスポートが見つかり、その日の夜に食中毒になった時はさずがに笑えた。
”ミラノのシンボルである大聖堂ドゥオーモ前で深夜12時に待ち合わせ”としか連絡しなかった旧人に見事に会えた時は、自分がドラマを作っているかのようだった。
そこに世界中にスーツケース1つで出かけ、旅をしている自分がカッコよく見えた。
こんな人生攻め切っているような自分でいつまで入れる信じていた。
けど、私のために世界で1番尽くしてくれる人に出会って、守り中心の人生になった。
仕事、夢、そして刺激を求め
割となんでも恵まれている私は、ライフパートナーができるなんて予想してなかった。
もしできても、”結婚”はこんなに早く決定しなかったと思う。
”結婚”すると決めたのは
ズバリ
グリーンカードのためである。。。
笑
彼と一緒にいるのは愛しているからであり、
”結婚”するからではない。
けど、NYで会社をもつ私はグリーンカードを早く手に入れることは非常に重要なタスクだった。
それを知った彼は、北欧の市民権を捨て
アメリカ国籍を取得して、Spause Green Cardを私にオファーすると言って来たのである。
アメリカ人は奥さんや旦那さんが外国人だった場合に、グリーンカードを申請できるのである。
愛する人のために、自分の国籍を変えられ人はどのくらいいるのだろうか?
ちなみに私だったら、嫌である。
便利な日本パスポートを捨て、アメリカ人になるんて。。
ちなみに彼は北欧出身だから、アメリカ人になるのはハッキリ言って損しかないのだ。。
自由を求めて、NYは来たけれど
現実は不自由な事ばかりである。
ましてや会社なんて起てた日には
法的な責務に終われる日々である、、。
”結婚”なんて社会の鳥籠になんか入りたなかった。
ペーパーワークなどともしなくても、自分の道は
自分で全て決めてみせると思ったのに。。
現実は甘くなかった。。。
この心の矛盾
思い通りにならなっかた自分の思想
過去の美化
これが私を最近ずっと病ませていた。
しかし、ちゃんと分かっていることは
もし、女性起業家には
ライフパートナーの存在と協力は不可欠である。
私も、もし彼と出会ってなかったら
今頃どうなっていたかと思うとゾッとする。
女性起業家にはまだまだ、多くの課題がある。
みんな、声をあげないだけで
ほとんどの女性起業家はたくさん嫌な思いや不便な事を絶対に経験していると思う。
大事なもの守る。
守り抜くは攻めるよりもずっと大変である。
社員の生活を守る
会社を守る
パートナーを守る
地味だし長期戦すぎて疲れるー。
マジで人生甘くない。。。