日差しが執拗に降り注ぎ
身も心も熱さを嫌う
溶けていく氷に視線を置いて
一緒に解けてく夢を見る
俺の幼少期は、他とは少し違っていた。
小さい頃、遊んでくれたのはみんな女の子だった。
その女の子達に、男として育てられた。
男としてどう女性に振舞ったらいいか、男としてどうあるべきかってのを教わった。
そんな環境で育ったから、どんな女の人ともすぐ仲良くなった。
おかげで、親友と呼べる友人達も、女性だったりする。
昔、その親友の一人が言っていた。
「女が笑顔で『だいじょうぶだよ』って言う時は、絶対大丈夫じゃない。不安とか隠すのに笑顔になるんだよ。だから、なるべくそうさせないで。」
これがずっと頭に残っている。
それと、そいつはこうも言っていた。
「ただね、その優しさにつけこむ女がいるから、気をつけなね、ほんとに。
あんたは特に優しいから。
優しすぎて自分を犠牲にしちゃうし、その優しさに付け入られる時だってあるんだから。」
十分わかっていたつもりだった。
4月からの4ヶ月、色んな感情が頭の中で交錯していた。
どうやら吉本さんとの一件が、ついに頭の容量を超えてしまったらしく、「なるようになれ。どうなってもいい。」と思うようになってしまっていた。
吉本さんが、自分への気持ちを押し殺しながら笑顔で接してきたら、俺は自分の気持ちを捨てて彼女を救ってあげようとしていたかもしれない。
いい事なんて無いのに。
彼女が欲しかったのは愛情で、でも俺があげられるのは同情でしかなかっただろうに。
ただ吉本さんとはあの日のデートから、ぱたりと関わりがなくなった
ちょうど良かった。
彼女も避けていたようだった。
多分、なんとなく、彼女は俺の中途半端な優しさが怖かったんだと思う。
だからこの時は、自分が犠牲になることも、自分が傷つく事も、それで誰かを傷つける事も無いと思ってた。
「自分から関わっていかない」っていうことばっかりに、気を張っていた。
そうすれば何も起きないと思っていたから。
ただ、甘かった。
他人に気を使ってる場合じゃなかったんだ。自分が弱っているのに。だからまともな判断ができなかった。
人のなりをして、人ではなかったのに。
かろうじて外見を取り繕ってた。中身はからっぽだったから。
そしたら、中身を埋められた。
ただ穏やかに過ごしたいのに、周りは放っておいてはくれなかった。
先輩方が誕生日に買ってくれたピンク色のネクタイと母親が買ってきたピンクのシャツを着ていたおかげで、俺はいつしか「ピンクのお兄さん」と呼ばれるようになっていた。
その呼び名が広まると同じように、俺の噂も広まりだした。
「ピンクのお兄さんはすぐに番号聞いてくる」
「毎週違う女子社員を引っ掛けている」
「あのピンクのネクタイは、女からの貢物らしい」
そんな感じの、女がらみの良くない噂。
あまり気にはしていなかったが、からかわれると嫌だった。
部署は違うが、仲のいい藤木さんという女性がいた。
8月になってからその部署と仕事をすることが増え、藤木さんとも接することが多かった。
その日も午後からその部署へ向かうと、俺に気づいた藤木さんが声をかけてきた。
「よ、塚田!聞いたよ。とんでもないプレイボーイなんだってね、あなた。」
この人はそんな噂は作り話だってわかっている。だからこの時も、目を細めてニヤニヤしながら見下してきた。
「今日会って、最初の一言がそれ?別に噂は気にしちゃいないけど、それで茶化されるのは嫌。とっても不快。」
するとちょっと高い、甘い声で
「ごめんよー。怒らないで。」
宥めてるんだか、おちょくっているのか、そんな感じで唇を尖らせた。
「お詫びにいい事教えてあげるー。」
「全然いい事な気がしないんだけど。」
「まー、聞いといて損じゃないと思うよー。」
「何?」
「塚田が前に『あの子綺麗だなー」て言ってた斉木さんって覚えてる?」
「あー。てか違うじゃん。『藤木さんの部署だったら一番綺麗だ』って言ったんじゃんか。」
「あれ?そーだっけ?でも本人に『ピンクのお兄さんが綺麗だねって言ってたよ』って言っちゃった。」
「・・・まじでか。。思うんだけどさ、俺の噂って藤木さんが発信源なんじゃない?」
「なんで?! 私が何か広める前に、あんたの噂は出来上がってたわよ!! ま、いいわその話は。
でね!その斉木さん、今日友達にドタキャンされちゃったんだってー。」
「へー。」
「今日のお出かけはすごく楽しみにしてたみたいで、けっこう落ち込んじゃっててねー。」
「へー。」
「だから『塚田に遊んでもらえばいいじゃん!私が塚田に斉木さん誘うように言っとくよ!』って言っちゃった。」
「・・・俺の意見が1ミリも入ってねぇ。
なんだよ。俺は『予定をドタキャンされた女子、どんとこい』みたいなこと言ったか?
もー。。。」
「いーじゃん遊ぶくらい。」
「よくない。俺は今そういう気分じゃないの。
・・・よし。俺は何も聞かなかった。藤木さんは何も言えなかった。そういうことでよろしく。」
少し怖い顔で言った。駄々をこねられたく無かったから。
「・・・わかった。えー。。でも可愛そうだなぁ。。」
「藤木さんの可愛い後輩だから、どうにかしてあげたいけど、ごめん。
俺も今そういう余裕無い。」
そう言い残し、俺は自分の仕事に取り掛かった。
その日はスムーズに仕事が終わって、定時にはあがることができた。
帰る前に喫茶室で一息ついていると、斉木さんが喫茶室の入り口の自販機で飲み物を買っていた。
なんとなく見ていると、次の瞬間目が合ってしまった。
軽くこちらが会釈すると、斉木さんも缶を両手で抱えながら軽く会釈をした。
その後、少しの間地面を見つめていたかと思うと、顔を上げて俺の座っている席の前まで早足でやって来た。
「あの、、」
「はい?!」
「ここ座ってもいいですか?」
「ど、ど、どうぞ。。」
斉木さんの突然の行動に驚かされて、しばらく沈黙してしまった。
会話なんてあるはずがない。
同じ席に座るのも、こんな近距離になるのも、ましてやまともに言葉を交わしたのも、この時初めてだったから。
斉木さんは、買った飲み物をテーブルに置いてそれを両手で握り、すこしうつむき加減でそれを見つめていた。
斉木さんは、一言で表すと、色黒でちょっと彫りの深い上戸彩みたいな顔立ちをしていた。
優しい雰囲気よりも、気の強そうな見た目だった。
まったく会話の切り口も思い浮かばず、何を喋っていいのかわからなかった俺は、斉木さんの顔をぼーっと見ていた。
すぐに考えるのを止めて「まつ毛長いなー。顔整ってるなー。綺麗な人だなー。」と観察し始めた。
長く感じたが、実際のところ斉木さんが席について1,2分くらいたったくらいだったと思う。
斉木さんは何かを決意したような表情で、飲み物の缶を開け、それを一気に飲み干した。
またしても不意を付かれた行動に、俺は少し笑ってしまった。
「??私何かおかしかったですか??」
「いや・・・。もうわけわかんないっす。パニックです。何が起きてるか整理つかなくって笑ってしまいました。すいません。美人さんが目の前で一気するとこ見慣れてないんで。」
笑いながらそう言うと、斉木さんも一瞬きょとんとした後、少し笑いながら
「そうですよね。喋った事ないのに、いきなり目の前座って一気されたらびっくりしますね。」
「うん。『あ、この人すっごい喉渇いてたんだなー。でも俺の目の前で飲まなくてもよくない?見せ付けたいの?何?趣味?』とか色々考えちゃいました。」
「喉乾いてたのは本当ですけど、そんな趣味ないですから!」
「いや。わからないじゃないですか。ひょっとしたらそういう特殊な感覚の方なのかなって思っちゃいましたよ。『やばいのに絡まれたかな?』って思いました。」
「ちょっとひどくないですかそれ。」
そんな感じで笑いながら、しばらく今起きた事を面白おかしく話していた。
斉木さんはきつそうな見た目と違い、中身はノリのいい人だった。
というか、所謂ギャル。
5分もしないうちにお互い敬語で話すのをやめてしまった。
ある程度くだらない話をした後、一気飲みした理由を聞いてみた。
「てかさ、そんなに喉かわいてたの?何やってたの?」
「・・・実は。。。」
この時点で、俺は「あれ。この雰囲気ちょっと墓穴をほったかな。」と感じた。
簡単に言うとこうだ。
斉木さんは友達と飲みに行く約束をしていた。ビールが大好きな斉木さんは最初の一杯を最高の状態で飲みたかったので、今日は水分をほとんど取らなくて、だから喉が渇いていた。
「でも一気したのは違うの!自分に気合を入れたかったの!!」
「何に対する気合?てか俺の前でやらなくてよくない?」
「笑わないで!ちゃんと聞いて!」
「うん。聞く聞く。」
「・・・ピンクのお兄さんを飲みに誘おうって思って、それを言うのに気合入れたの!」
斉木さんはそう言うと、しかめっ面をしてすぐ下を向いてしまった。
俺は楽しい気持ちから一瞬で嫌な気分になってしまった。
面倒くさい雰囲気がぷんぷん漂っていた。
「いやね。誘ってくれるのは嬉しいけどさ、変に意識しちゃうし、俺今そういうのやめてるんだ。」
「えー。頑張って言ったのに。なんで?」
眉間にしわを寄せ、大きな瞳でこちらを睨んだ。
どうやらちょっと気の強いタイプのギャルのようだ。
「人には言えない事情があんの。そもそも『なんで?』って俺が言いたいよ。」
「?」
「なんで俺なの?俺じゃなくっていいじゃんか。」
「それは・・・他の友達もつかまらなかったし、藤木さんが・・・『塚田ならぜっっっっっったい大丈夫。暇してるし、女の誘いは断らないから!』って。。。」
絶対あいつだ。。俺が軽い男だって噂は藤木から来てる。。ただじゃおかねぇ。。。
「ピンクのお兄さんって会社で唯一ノリが合いそうだったし、しゃべってみたかったら誘ってみたよ☆」
ちょっとおどけて見せた。
「あのね・・・俺そんな軽くないからね。。。 興味もってくれたのは嬉しいけど、ほんとごめん。」
「どうしてもだめ?」
「うん。」
「・・・そっか。。。 そもそも今まで喋った事なかったしね!いきなりだし!」
斉木さんは一瞬沈んだ顔をした後、笑顔でそう言った。
でた。
俺の一番苦手なやつだ。
ここで「他のやつをあたってくれ。」と言っておけばよかったんだ。
おかげで、余計な事を考え始めた。
「誘いやすそうだから、興味があったからって言っても、喋った事無いやつ誘うか?まだ言ってない理由があるんだこの子。」って具合に。
考えなくてよかったのに。
いつもなら、正常な判断ができる。
女の押し殺した感情が、いいものなのか悪いものか。
小悪魔くらいなら、可愛いもんだと思ってた。
手のひらで転がされてるように見せかけることだってできた。
嘘か本当かなんて大概わかった。
「どうにでもなれ!」ってのと、自分へのおごりがあったのだろう、
「いや、無理してるでしょ?もっと大事な理由あるんでしょ?じゃなきゃ話した事無い俺を誘うなんてことないはず。」
そう言ってしまっていた。
斉木さんが友達と行こうとしていたお店は、一ヶ月前には予約をしないといけないほど、その当時すごく人気があった。
斉木さんも先月予約をし、今日までずっと楽しみにしていたそうだ。
「だから、よりお酒も楽しむために水分とらなかったんだよ!わかる?この気持ち?」
それを聞いて、俺はなんとなく行ってもいいかなって気分になった。
この人は「男が、女が」とか俺をどうにかしたいって訳じゃないんだろうなって。
頭の中は、料理とお酒が占めてんだなって。
というか、理由を話してくれる前に、それを聞いた時点で結果は決まってしまってた気がする。
何も聞かなきゃよかったんだ。
何も聞かなきゃ、何も始まる事なんてなかった。
ここから、俺の心は何度も溶けて、体の中身は簡単に入れ替えられてった。
騙されたってよくなった。
むしろ嘘のほうが都合が良かった。
情もわかずに、新しいもので埋めればよかったから。
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