俺が21の頃。
当時俺はフリーターで、二つ掛け持ちしていた。
昼間はビリヤード場で、夜はファミレスで働いた。やりたいことがあったから、そのためにお金を貯めていた。
ファミレスで働き出してすぐ、そこで働く一つ下の女の子と付き合うことになった。
当時は、深く考えていなかったが、その後遠距離になるのを覚悟した上で付き合い始めた。俺がやりたいことは、そこの街ではできず、どうしてもその街から出て行かなければならなかったから。
付き合いだして一年が経つころ、夜のバイト先に新人が入ってきた。
その子も同じように、昼間別の仕事をしていた。
俺は特に何も気に留めなかったが、彼女は生理的にその新人の女の子が受け入れらなかったらしい。
俺に「あの女の子には近づかないように」と釘を刺してきた。
彼女に言われるがまま、その新人の子とは事務的に接するだけだったが、それでも納得いかず、彼女の気に触るようなことがあれば、明け方まで愚痴を聞かされた。
その彼女は、理解しがたい自分勝手な母親に育てられ、そのストレスで自傷癖がある子だった。
だからひどいときには、その愚痴の最中に泣き叫び、時には自分の体を噛んでしまうときがあった。
そんな彼女との付き合いが少し疲れてきた頃、彼女を妊娠させてしまった。
一時は結婚も考えたが、若いなりに将来のことを考え、おろすことにした。
俺は彼女を傷ものにしてしまった。
その思いがあったから、俺は以前にもまして彼女を大切にした。
遠距離にもなるし、いつしっかり自立できるかはっきりとはわからなかったが、将来結婚しようと心に決めた。
ある日彼女が深刻な顔をして話をしてきた。
「私はあなたが付き合った二人目の男の人なの。もちろん幸せだけど、このまま二人の男の人だけしか知らないまま結婚とか考えられない。遠距離の間は一旦別れて、あなたが帰ってきてから気持ちがあったらまた一緒になろう。」
もちろん俺は考え直すように言い、そのまま付き合いは継続した。
今思えば「若気の至り」と解釈できるのだが、俺も若かったゆえ、どうしてもそのことがしこりのように残り、彼女のことも、昔ほど愛情を注ぐことができなくなってしまった。
そんな折、ちょっとした事で喧嘩になり、その日シフトが一緒だった例の新人の子に、彼女が休みな事をいいことに、仕事中に愚痴を聞いてもらっていた。
「どっかぱーっと遊びに行きたいよ・・・・。なんか疲れちった。」と俺が言うと、その新人が
「じゃあ、仕事終わったら遊び行きます?」と返してきた。
今更だが、その時は罪悪感があった。ただ、一度全部忘れてすっきりしたい気持ちがあった。
一人でどうにかすればよかったのだが、誰か一緒にいて欲しかった。
仕事を終え、別の場所で待ち合わせをし、ご飯を食べながら、色んな話をした。
彼女以外の女の子と話すのは久しぶりで、とても新鮮だった。
しかし、一度無視をした罪悪感は、すでに抑制することができなくなっていた。
気づくと俺は、その新人とラブホテルにいた。
あの独特の雰囲気が事の重大さに気づかせてくれた。
「これはさすがにダメだ。何もせずにこのまま寝よう。ここまで来て今更だけど、ここで何かしてしまえば、もう本当に彼女に顔向けできない。とりあえず風呂に入ろう。そして寝よう。」
新人とは特に会話もなくなり、湯船が用意できた頃、俺は風呂へと向かった。
風呂につかり、ボーっとしていると、浴室の扉が開き、湯煙の向こうから一糸まとわぬ新人が入ってきた。
そのまま何も言わず、顔色一つ変えず湯船に入ってきて、そのままキスをされた。
新人は背中を向け、俺に寄りかかり、また他愛も無い話を始めた。何も無かったかのように。
冷静になろうと必死だった。
風呂をあがり、ベッドに向かい横になる。
すっと隣にもぐりこんでくる。
またキスをされる。
しばらく無言になる。
俺はそのまま「お休み」と言って枕に頭を沈めた。
すると
「いくじなし。」
と女が言った。
それで俺の理性は飛んでしまった。
あっさりとやられてしまった。
その女の思う壺だった。
眠ることも忘れ、無我夢中で求め合い、眠りについたのは明け方だった。
次の日、俺は昼から仕事だったので、そのまま女を送って別れた。
その日からと言うもの、罪悪感に浸る間もなく、その女から連絡が来て、仕事の後に会っていた。
同時に彼女との関係も続いていた。
しばらくすると、俺が耐え切れなくなった。
もともとほころび始めていた彼女との関係。
そしてその隙間に入ってきた女。
どうするか、決断は簡単だった。
後は実行するだけだった。
彼女を呼び出し、別れ話をした。
話し始めると、堰を切ったように泣き出した。
俺も泣いた。思い出がいっぱいあったから。大人になってから一番泣いた。
理由を聞かれた。
女の勘は鋭いもので、俺とその女の関係を疑われた。
その事は言えなかった。
正直、女と一緒になりたいから別れると言うことではなかった。
彼女と上手くいっていれば、彼女との関係を続けていたかった。
ただ、どうしてもこのまま彼女は続ける自信が無かった。
重荷だった。心配することが多すぎた。遠距離は無理だと感じた。
女とは切れなかった。
お互いがそんなに本気になることは無いだろうと感じていたから。
しかし違った。
街を出るころには、すっかりと俺がはまってしまっていた。
まだ、知らないところだらけの女と続いたまま、俺は街を出た。
これがいけなかった。
女は猫のような人だった。
自由気まま。
自分の好きなところへ行き、好きなように振る舞い、好きなところで寝てしまう。
おかげで、気が気じゃなかった。
ある日、女の親友から電話がかかってきた。
「あんたの彼女、最近男といるよ。」
俺は「またか・・・。」と諦めていた。
女には仲のいい男がいた。そいつらだろうと思っていた。
女の親友は
「いや違うよ。そいつらじゃない。いいづらいけど、あの子今あんたの友達といるよ。」
「今この時間(夜中)まで一緒にいたよ。女の家に行くって言ってた。もうわかるよね?あたしはあの子の親友だけど、あなたがあの子と付き合うのは賛成できなかった。あの子はそういう子だよ。何をするべきかはわかっているよね?」
「わかった。ありがとう。」俺はそう言い、電話を切り、そのままその女に電話をかけた。
女は驚いた様子で電話にでて、今は家で一人だと言った。
俺は「俺の友達といるんだろう?俺の別の友達がお前らが一緒にいるのを見たんだ。もうわかってるから。男と話をさせてくれ。」そう言った。
それからは何も覚えていない。
ただ、別れようと言ったことに対し、女が必死に考え直すように説得してきたのは覚えている。
それが俺が街に帰る一ヶ月前のことだった。
それから毎日女から連絡が来た。
浮気が発覚する前に帰る日取りは決まっていたし、そのことは女にも伝えてあった。
女は空港に迎えに来ると言って聞かなかった。
俺が街に帰る日、空港に降り立つと、女がいた。
女の声どころか、メールの文体を見ただけでも嗚咽が走るほどだった俺は、女を無視しやり過ごそうとした。
しかし、女はあざとかった。
人ごみの中で泣き叫び、引くに引けない状況になってしまった。
俺は諦め、女の車で街まで帰ることにした。
車中気づいたのは、女は俺があげた指輪と、俺の知らない高そうな指輪をどちらも着けていた。そのうえ俺から女を奪った男の口癖を混ぜて話しかけてくる。
地獄だった。
帰り道の途中、お腹が減ったからご飯を食べようと、レストランに立ち寄った。
席に通された後、俺はトイレに行くのにすぐに席を立った。
戻ってくると、俺と女の席に一つずつ黒い小さな箱が置いてあった。
空けてみると、高級時計だった。
お揃いだそうだ。
吐き気がした。
何を考えているかわからなかった。
その後も連れまわされ、最後に夜景の綺麗な駐車場へと連れて行かれた。
そこで渡されたのが、女が俺に送ろうとして送らなかった手紙の束だった。
その手紙には俺を好きだったときの気持ちが書き綴られていた。
わけがわからず、もう泣くしかなかった。
一通り泣いた俺を見て、女は満足したようで、帰ることになった。
しかし、途中、女は頭が痛くて運転できないと車を止めた。
俺は、どこかで休んでいくか、それかこのまま家まで送るから、この車は後で俺の家に取りに来ればいいと言った。
すると女は
「これから、男の家にいく事になっているから、それは無理。しばらくすれば大丈夫だから!!」と突っぱねてきた。
俺はもう一秒でも早く帰りたかった。
これ以上女と一緒にいたくなかった。
だから、そのまま女を男の家に送っていき、俺は女の車で実家へ帰った。
次の日起きると、車は無くなっていた。
自業自得といえばそうだ。
巡りめぐって自分に罰が当たったのだ。
ただ、この日を境に、人を信じなくなった。
女なんてそんなもん。
男だって大概だ。
そうやって誰にも心を開かなくなった。
その時はそれが一番楽だと思った。
誰にも近づかなければ、傷つくことだって無い。
裏切られて、これ以上人間不信になっては元も子もない。
そう思った。
そしてそうやって生きていくことが、自分への戒めだと思っていた。
誰も俺を支えてくれなくてもいい。理解してもらわなくたっていい。
なくした命と裏切った代償なんだと、自分に言い聞かせた。
傷ついたことをいいことに、自分勝手に自分に甘えて、甘えてるくせに「償いだ」なんて思っていた。
結局、クズがよりクズになっただけだった。
そしてここから、どうしようもない一年が始まった。