「 キリの森 」
「よーいしょ、よーいしょ」
今、なにやら踏ん張っているのは、ニーナだ。
歩き詰めで足がきついというよりも、ただ気持ちがはやっているだけのようだ。
ユアも、つられて、足の動きだけは合わせて歩いている。
ここは、「キリの森」と呼ばれる森林地帯だ。
ジェロウの里に行くためには、必ず通る。
『その子ならジェロウの里に向かったよ』
そう聞いたから、キリの森を通過している途中なのだ。
「きィ?きゅきゅっ!」
パプールが、なにやら声を上げた。先頭へ飛び出る。
「ん?どうしたの?」
言って、ニーナが駆け寄った。
パプールの目線の先を見やると、そこには、小屋があった。
立て札もある。
見ると、それにはこう書かれてあった。
『キリの食卓』
「あ!もしかして!」
ニーナが再び声を上げた。
そして名(?)推理を繰り広げる。
「食堂だよ!きっと!おなか空いたでしょ?行きましょ!」
こんな森だからこそ、中継地点はほしい。
きっと、この辺りの昔の人が、そう思って建てたんだろう。うん。そう思って、ニーナたちはその『キリの食卓』のドアの前に立った。
覗き込む。
大部分にガラスがはめ込まれているドアなので、外からも中を窺い知ることはできていた。
「ん~、あ、人が一人いる。それと、やっぱり食堂みたい。客っぽい人もいる」
そう言って、ニーナがドアを開け、入っていった。
「いらっしゃい。あらら、こりゃまた、小さいお客さんだね」
「どうも。こんにちは」
「どうも」
言い合って、カウンターの所まで一直線。
歩いて席に着いた一同に、女主人なのだろう人物が、話しかけてくる。
「さあ、何にしようかね。何でも出すよ?」
「じゃあ、おススメのものでいいわ。よろしくお願いします」
「ああ、じゃ、あれでいいかね」
『キリの食卓』の女主人が手を動かし料理をし始めた。
作り置きできている品もあり、
「十五分もあれば、三人分できるよ」
だとか。
再び、料理の音だけが響き、静かになった。
ややあって、『キリの食卓』の女主人が言ってきた。
「ところでさ」
何を言われるんだろう。三人は耳をそばだて、身構えた。
パプールは、ぴょこぴょこっと耳を動かして、小さく鳴いた。
「なんでこんな森に、子どもだけでいるんだい?」
ああ、やっぱりそれか。
ニーナが、納得しながら答えていく。
「実は、リュウっていう名前の男の子を探しているんです」
そして、ニーナは、双子の片割れのいないことでだろう、寂しそうな顔をしているユアを手で仰ぎ示して続けた。
「この子の弟なんです。双子の。この子はユアっていう名前で……リュウは、ユアと同じ髪の色をしているんです。それを手掛かりに、行方がわからないからずっと心配で、だから探しているんです」
「そっか……私は、見てないよ。この店には来てないねえ」
女主人は、できるだけやんわりとそう言った。
「そんなはずは……ジェロウの里に行くって……」
「違う道を通ったのかな」
言われて、ニーナはユアの顔色を窺った。
どうも、しょんぼりしているようだ。
「そう、か。違う道を……」
すると、その時だ。
背後から、声が届いてきた。
「俺は、多分、そいつを見てる。教えてやろうかね」
「え?!」
親切にも、そして偶然にも、同じ店に、同じ時に、目撃した人が居た……?
なんて奇跡的なんだろうか。
すごい。
嬉しい。
やった!
料理ができるまでの間。
三人は、もう一人居たその男の客から、リュウについての話を聞くことにした。
「匍匐(ほふく)族って知ってるかい?」
男はテーブル席に座っている。肘をついてそう言った。
「ええ。知っています」
豊富な知識を持つニーナはそう返した。
「カエルの種族の人たち、のことでしょう?」
「正解だ。じゃあ、ジェロウの里がどんな里か、はわかるかな?」
「ええっと、確か、混血の種族を差別しない里、だったと思いますけど……」
「その通り。で、今も平和に暮らしているってわけだな。ここ最近、二人の旅人が、ジェロウの里に立ち寄ったそうだ。カエルの匍匐族と、青い髪の少年」
「あ、それって」
「そう。確か匍匐族の男は、そいつを、『リュウくん』って呼んでた。探してるやつだろう。それに、ジェロウの里で一人仲間にしたと聞いた。どうもそいつらが悪い事をしでかしたように聞いたが、俺は信じちゃいないね。優しい顔を、澄んだ眼をしていたからな。俺は、あいつらの事を少し気にいってる」
なんだか、心が、あったまる言葉を聴いた気がした。
ユアも、ニーナも、笑顔を見せた。
パプールだけは、『?顔』で、きょとんとしていたが。
男はまだ何かを言ってきた。
「連中の仲間になったのは、村人の騒ぎから察するに、ウサギの野馳(のばせり)族と虎のフーレン族の混血の男の子だ。カエルとリュウくんが見つけられなくても、その子だけでも見つければ手掛かりにもなるだろう。それに、レイムス城がなんとかって言っていた。回り道をしているかもしれんが、それならそれで、レイムス城に今から向かえば、出会える確率も高いだろうな……」
「あ、ありがとうございます。丁寧に……」
「いえいえ」
男はにこやかに、手を振った。
料理ができたらしく、キリの女主人が言った。
「さあ、お食べ。しっかり力をつけて、旅をするんだよ」
「はい」
心温かい声が、食堂に満ちている。
ユアは、そんな気がして、嬉しくなった。