「お待たせしました。」

 

救急の処置室に入って約1時間くらい?かな。

 

処置してくれる先生が現れた。

 

「辛かったでしょ。自分がどんどん辛くなるから

この病院で一緒に治療しよう。」

 

って、名札見たらまさかの乳腺科の先生びっくり

 

本日の救急に乳腺科の先生いないって言ってたのに・・目

 

こんな奇跡から、すぐさまこの現実を受け入れる私😅

 

化学療法が嫌で、たくさん癌を寛解した人のことを調べたり

周りからもたくさん教えてもらったりもした。

 

自分でいろいろ頑張ったし、やりたいこともやった。

 

大好きな仕事も死ぬギリギリまでやりたいって決めて。

 

せっかく自分の生きる道を見つけることができたから。

 

休みたくなかった。

 

私のわがままを子供たちは反対することもなく、

黙って見守ってくれた。

 

その環境がとてもありがたかった目

 

仕事している時が一番“無”になって、身体が動く。

ストレスフリーだった。

 

でもそろそろ限界かな。

ここはこの病院に最期を預けてみよう。

 

わがまま患者になると思うけど笑

最後の悪あがきも自分らしくいたいなー口笛