今日は「グローバル」という言葉の意味を考えてみました。
グローバルな思考というのは、一体どんなことなのでしょう?
私も最初ハワイに住み着いた頃、アメリカ社会と日本の習慣の違いがあまりにもひどいので、いつも{日本だったらこんな事は起こらない}と、心の中でいろいろと裁いていました。
しかし、1986年から永住をする事になった後は、全て受け入れられるようになりました。
日本を基準にした狭い判定基準は、グローバルではなく、ローカルな考えなのだと、後で思うようになりました。グローバルの思考とは、自分の家庭や国を基準に判断することではなく、その社会での現象をあるがままの状態を認め、それを更に「地球を中心とし、地球のため、人類のために良いかどうか?」を基準に考えることだと思うようになりました。
たとえば、水や空気は真にグローバルなエレメントです。国が違うと、水の分子構造が全く異なったり、ピンクや紫のような違う色がついていたり、空気の種類が分かれているという事はありません。
自然に存在するこうした要素の存在が本当の「グローバルな価値」があります。ここで最も大事な法則があります。 それは、
自分達が作った社会の概念を良いと思い込み、それを他に強要するようになると、たとえば中国によるチベットの弾圧・抑制、また何百年も続いているイスラエルのパレスチナへの絶え間ない攻撃など無意味な争いに発展します。これは、正にグローバルの正反対です。
また、次元という言葉にも、大きな誤解があります。「次元」という言葉を解釈すると、こうなります。次元というよりは、宇宙エネルギーの密度の格差です。次元には何十段階あるか、実際には分かりません。
次元という言葉の本質は、「外的な条件に拘束されず、いつでも仕事が最大限に発揮できる自由な宇宙空間の領域」と言えます。ですから、高次元に行けば行くほど、物質的な制約から解かれ、自由にモノやコトが本来の使命を果たせるのだと思います。自分の意志でモノを動かす事もできるのだと、思います。これをテレキネシスと言います。
太陽の意識が13次元だと感じていますが、その太陽は何らの制約も受けずに、自分でエネルギーを出し太陽系の全ての惑星の全てに分け隔てなく、瞬時に光りを放つことができ、それにより、多くの存在が毎日生かされているのです。それが、この太陽系のシステムのグローバルな思いなのではないでしょうか? 次元についてのより詳しい解説は、また別のチャンスに書きたいと思います。


